歴史からの教訓――紀元前11年ローマ、1294年英国、1349年フィレンツェ

Washington's Blogで、少し前に「China 2009 = America 2001 = Rome 11 BC?」というエントリが上がっていた。そこでは、今、中国は世界不況を避けるために信用バブルを膨らませているというマイケル・ペティス(Michael Pettis)のブログ記事を紹介しているが、ペティスはその中国の状況への懸念を示す際に、古代ローマ金融危機――近年の日本や米国ではなく――に言及している。

ペティスはウィル・デュラント(Will Durant)の「History of Roman Civilization and of Christianity」からその古代ローマ金融危機の描写を引用しているが、概略は以下の通り。

  • ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスは、貨幣の流通の増加と低金利と物価の上昇が景気を刺激するという理論に基づき、貨幣をふんだんに製造して支出した。
  • それは確かに景気を刺激したが、永久に続けることができるはずもなく、紀元前10年に積極的な貨幣鋳造策は終わり、その反動が始まった。
  • 第2代皇帝のティベリウスは節約を旨とする逆の政策を取り、政府支出や貨幣発行を抑えて、27億セステルスの財政黒字を生み出した。
  • 東方との交易での贅沢品の購入も貨幣不足を募らせた。
  • 物価は低下し、金利は上昇し、債権者は債務者への担保権を行使し、債務者は高利貸しを訴え、貨幣の貸し借りは行なわれなくなった。
  • 元老院は、各議員の資産の高い割合をイタリア国内に投資することを義務付けることにより、資本輸出の抑制を図った。そのため、議員たちは、債権や差し押さえた担保不動産を回収して現金化しようとした。結果、金融危機が発生した。パブリウス・スピンテル議員がバルバス&オリウス銀行から3000万セステルス引き出そうとした時、同銀行は破綻した。
  • 同じ頃、アレキサンドリアの企業セウテス&ソンが高額の香辛料を積んだ3隻の船を失って破綻し、チレの染物業コンツェルンのマルカスも破綻した。その2つの企業に多額を貸し付けていたローマの銀行マキシマス&ビボで取り付け騒ぎが発生し、同じ日に、もっと大きなペティウス銀行も支払い停止に追い込まれた。ほぼ同時にリヨン、カルタゴ、コリント、ビザンチウムの巨大銀行が倒産したという報せが届き、ローマの銀行は次々に営業を停止し、貸出金利は法定上限を大きく超えて高騰した。
  • ティベリウスは土地投資法案を停止した。また、1億セステルスを銀行に供与し、不動産を担保に無利子で貸し出させた。これにより貸出金利は低下し、貨幣は流通するようになり、信頼も少しずつ取り戻された。

風変わりな名前(と香辛料を積んだ船)を除いて考えると、これは現代の出来事と驚くほど共通している、とペティスは述べており、ワシントンもそれに同意している。


ちなみにワシントンは以前、「Is the Financial Crisis More Like the 90s, 70s, 30s, 1349 or 1294?」と題したエントリで、1990年代の日本、1970年代の不況、1930年代の大恐慌もさることながら、3人の学者が研究した1294年のクレジット・クランチと現在の危機との共通性に注目すべきだ、と書いている。この時、英国国王のエドワード1世は、リチャルディというイタリアの商人に財政の収支のおよそ半分を任せていたが、いざフランスと戦争しようとしてそのカネを引き出そうとしたら、リチャルディの側の流動性不足により引き出せなかった、との由。
ちなみにワシントンはそのエントリで、個人的には、不動産価格が半分になった1349年のフィレンツェでのバブル崩壊の方が、現在の危機により当てはまると思う、とも書いている。