カナダからのブログ・自然利子率がマイナスになるとき

Worthwhile Canadian Initiativeというカナダのブログについては本ブログでもこれまで何回か紹介してきたが、その執筆者の一人であるNick Roweが、少し前に、流動性の罠やマイナス金利に関係した一連の考察を書いていた。

これらのコメント欄にはスコット・サムナーやリー・コールドウェルといったブロガーも現れ、活発な意見交換が行なわれた。ただ、そうした中で小生が最も印象に残ったのは、「Adam P」という匿名のコメンテーターだった。Roweがいろいろな突飛とも言えるアイディアを出したのに対し、彼が標準的な経済学的見地から一つ一つその問題点を指摘し、最後にはRoweも自分の考えの不備を認める、というパターンが繰り返されていた。ひょっとすると、関係者の中で最も深く経済学を理解していたのは彼だったのかもしれない。


ということで、Roweの様々なアイディアもほとんど論破されてしまい、敢えてここで取り上げるべきものも残らなかった*1。それよりはむしろ、Adam P氏がその過程で自分のブログ「Canucks Anonymous 〜Back of the Class Macro Theory〜」を立ち上げたのが、この論争の最大の収穫と言えるかもしれない。
そのブログでは、これまで9つのエントリが書かれているが、流動性の罠やマイナス金利に関する論点が分かりやすく説かれているので、順次紹介してみようかと思う。まずは5/14の初回エントリから。

マイナスの自然利子率
(コメントで指摘されたケアレスミスを修正済み*2


このエントリの目的は、自然利子率がマイナスになることの意味を説明し、それが生じる極めて単純な例を提示することにある。


まず、「自然利子率」の定義をはっきりさせておこう。自然利子率とは、完全雇用状態にあり、かつ完全稼動で生産している経済における利子率である。この利子率は完全稼動の生産能力における消費経路によって定まるので、貨幣、名目賃金、およびインフレ期待とは完全に無関係である。


例として、2期間モデルを考えてみよう。第1期では、最大生産力は100.25消費単位とする。第2期では、最大生産力は110消費単位に成長するとする。ただし、投資は存在せず、生産性上昇は学習効果によるものと仮定する。


ここで、「中国」と呼ばれる別の国が貿易を持ちかけ、彼らが我々に第1期に4.75消費単位を提供し、我々が彼らに第2期に5消費単位を提供することを提案したとしよう。債務不履行は許されないものとする。


ということで、我々の消費経路の選択肢は2つである。一つは第1期に100.25消費し、第2期に110消費する。もう一つは、両期で105消費する。どちらを選ぶべきか? 標準的な逓減する限界効用の仮定のもとでは、貿易を受け入れて両期で105消費する方が良いので*3、貿易を受け入れるものとしよう。


では、この場合の自然利子率はどうなるだろうか? 貿易を受け入れたために我々の消費は一定、すなわち両期で105消費ということになるが、そうすると自然利子率は平均的な主観的割引率と等しくなる。これを4%としよう。つまり、一定消費経路を支持する実質利子率は4%である。注意すべきは、このことは貨幣や物価に関する期待とまるで関係ないことである。我々の生産能力と両期における実質純貿易ですべて決定されている。


では、どのような時にこの自然利子率がマイナスになるだろうか? 第1期でコンピュータウィルス「CDOsquared.Doom」が国のすべてのデータベースを破壊し、我々の学習効果による生産性上昇を完全に止めたとしよう。これにより我々の第2期の生産能力は100.25に低下するが、中国に対しては依然として5の負債がある。そのため、我々の第2期の消費は95.25に低下する。


ということで、完全雇用と生産能力の完全稼動の仮定のもとで、消費の成長率が-5%(生産の成長は0%にも関わらず)、かつ主観的割引率が平均4%という状況に陥ったわけだ。これが実際にマイナスの自然利子率をもたらすかどうかは選好に依存するが、消費のオイラー式を通じてマイナスの自然利子率をもたらす効用関数を特定するのは極めて容易である(例えば通常のべき乗の効用*4)。


再度強調しておくが、自然利子率は、最大生産における消費経路と消費のオイラー式における選好からのみ決定される。この例では、金融政策やインフレ期待によっては変えようがない。(金融政策の時間経路は投資収益率を変えることによってのみ効果を発揮する)


最後に、マイナスの自然利子率が不況や恐るべき流動性の罠を本当にもたらすか否かについては、ここでは何も述べていないことを断っておく。それらの問題は、金融政策やインフレに対する期待にかかっている。続くエントリでは、マイナスの自然利子率が流動性の罠をもたらす可能性を論じ、また、消費のオイラー式がどのようなものかを説明したい。ただし、興味を示す読者がいるのであれば、だが*5

*1:もちろん、中には小生の理解不足で拾えていないだけの優れたアイディアもあるのかもしれないが…。

*2:実際には修正漏れがあったので、以下の翻訳ではそれも直してある。

*3:ちなみに、べき乗効用関数U(c)={1/(1-γ)}・c^(1-γ)において後述の割引率4%を使用する場合、
U(100.25) + U(110)/1.04 < U(105) + U(105)/1.04
となるのは、γ>0.26の場合である。

*4:べき乗効用関数U(c)={1/(1-γ)}・c^(1-γ)においてU'(c)=c^(-γ)となるので、
(U'(c2)/1.04)/U'(c1) = (1/1.04)・{(c2/c1)^(-γ)} = (1/1.04)・{(95.25/100.25)^(-γ)}
これが1より大きくなるのはγ>0.766の時であるが、利子率をrとすると、オイラー式により
(U'(c2)/1.04)/U'(c1) = 1/(1+r)
なので、その場合、利子率r < 0となる。

*5:実際に(小生を含め)関係者が興味を示したので、エントリは続くことになる。