カナダからのブログ・流動性の罠と流動性

昨日に続き、「Canucks Anonymous」のエントリを紹介する。今日は2回目の5/15エントリ

流動性の罠流動性の関係とは?


このエントリの目的は、流動性の罠と金融政策の関係についての私の見方を論じることにある。以下では、自然利子率がマイナスであることを仮定する。ただし、マイナスの自然利子率が流動性の罠の必要条件もしくは十分条件と言うつもりはない。ここで主張したいのは、マイナスの自然利子率が流動性の罠への一つの道であり、現在の状況の描写として説得力を持つということである(「自然利子率」についての説明ならびにそれがマイナスとなる例――本エントリの前段――は前エントリ参照)。


マイナスの自然利子率は、消費のオイラー式を通じて、消費成長率の期待値が低いこと(おそらくはマイナス)、および(リスク回避的な主体から見て)消費の成長が不確実であること(振れが大きい)の組み合わせにより生じる。注目すべきは、マイナスの自然利子率は、貨幣のない世界でも生じ得ることである。


また、マイナスの自然利子率でまず注意すべきことは、総需要の不足やそれによる生産の低下を必ずしも意味しない点である。確かに実質貯蓄への需要は高くなる。総体として、消費者は、今日の1ユニットの消費と明日の(例えば)0.97ユニットの消費を喜んで交換する。その一方、企業が利益を最大化する標準的な一階の条件により、資本の限界収益率(MPK)は実質金利と等しくなる。MPKは資本が増加すると減少するはずなので、これは巨大な投資ブームが起きることを意味する。資本財への巨大な需要は、貯蓄への高い需要とマッチし、完全雇用は保たれる。


となると、貨幣、名目の摩擦、リスクプレミアムが存在する世界では何がまずいのだろうか? もちろん、名目金利のゼロ下限制約だ。しかし:


第一に、伸縮的な賃金と物価の下では、ゼロ下限自体は問題を起こさない。名目金利がゼロに達したら、今日の賃金と物価が、明日のそれらの期待値に比べ下落するだけである。それにより期待インフレが醸成され、必要とされるマイナスの実質金利をもたらし、完全雇用は保たれる。ということで、粘着的な価格とゼロ下限が揃った時に初めて問題が起きることが分かる。


第二に、リスクフリー実質金利がゼロよりは小さくならないとしても、それがゼロの場合に、少なくともゼロ以上の何がしかの収益率を生み出す投資の量に限界があると論じることは難しい。それならばなぜ投資ブームが起きないのか? その答えは、実物投資(株式)のリスクプレミアムにある。リスクフリー実質金利がゼロだとしても、リスクのある実物投資の必要収益率はゼロよりもかなり大きくなりうる。それにより、資本を実際に惹きつけるような実物投資が存在しないということが起こり得る。


罠が流動性と関係するのはこの意味においてである。消費者はゼロ以下の実質金利で喜んで貯蓄するが、実物投資に資金を出そうとはしない。というのは、投資がプラスの収益率をもたらすとしても、リスクに見合うほどの高収益率ではないからである。この場合に我々は、総需要不足と不況に陥る。


例えば、完全雇用をもたらす実質金利が-2%であると仮定しよう。名目金利がゼロ、期待インフレもゼロとする。株式のリスクプレミアムが7%とすると、実物投資の必要収益率は5%になる。もし、利用可能な実物投資の期待収益率が(投資ブームを最近経験した反動のせいなどで)2%に過ぎないとしたら、完全雇用維持のためには5%の期待インフレが必要になる。


次いで、貨幣の問題:


期待インフレを上昇させることなく貨幣供給を増やすことが解決になるか?
答えは否である。


私と貴君の二つの主体しか存在しない経済を考えてみよう。完全雇用では、我々は最大限に生産し、より少ない今日の消費の犠牲と引き換えにより多くの明日の消費を得ようとする。貯蓄を実物投資に回すのであれば、明日の資本ストックは増大し、我々は二人とも、明日の消費を拡大する。一方、流動性の罠の下では、我々は二人とも貨幣(もしくは国債)の形で貯蓄しようとし、実物投資に資金を回さない。それにより、(減耗を無視すれば)資本ストックは不変となり、二人とも明日の消費を拡大するのは物理的に不可能となる。


今日だけ貨幣供給を増やした場合はどうなるか。貨幣増分が我々二人に平等に配分されるものとする。増加した貨幣は明日には回収されることが分かっているので、インフレ期待の上昇は起きない。私が自分の分を消費し、貴君が貯蓄したものとしよう。私は今日余計に消費でき(その量は貴君が取り措いた量と同じ)、貴君は明日に余計消費できる。結果的に、貴君は(より少ない今日の消費の犠牲と引き換えにより多くを明日に消費したいという)自分の望みをかなえたが、私はその逆を行ってしまったことになる。そこで私も、明日貴君に対し悔しい思いをしないために、今日貯蓄したいと思うようになる。このことは、いくら貨幣を刷ろうが変わらない。


罠を破るためには、貨幣(および他の債券)を保有する実質収益率を低下させねばならない。


貨幣供給を恒久的に増加させることが、その増加が恒久的であると経済の主体が信じた場合、罠を破る、という点については概ねコンセンサスが存在する。ここで理論的に重要なのは、それが効くのは、貨幣保有の実質収益率を低めることによるという点だ。ベースマネーへの超過需要が満足させられることとはまったく関係ない。


貨幣保有の実質収益率を低めることは、2つのことを達成する。

  1. 将来の消費は現在の消費に比べ割高になるため、人々は将来の消費に代えて現在の消費に向かうようになる(貯蓄需要は低下する)。
  2. 実物投資の必要収益率は低下するので、実物投資の需要は増加する。基本的に、貨幣の実質収益率が減少すると、実物投資のリスク=リターン構造は相対的に魅力を増す。


もし貨幣保有の実質収益率を十分に低めることができれば、上記の2つの効果が、実質貯蓄の需要を上回ることになる。