「手紙のバクテリオファージ」という都市伝説の起源

こちらのはてぶでブックマークしたツイートにより、バクテリオファージの提供を断られた研究者が、その断りの手紙からバクテリオファージを抽出した、という話が広まっているが、同はてぶでリンクしたセル記事にあるように、当事者とされる人(シドニー・ブレナー[Sydney Brenner]*1)がその話を否定している。以下は同記事の冒頭。

A correspondent has asked me about the origins of a legend which has become known as ‘The phage in the letter’. Common to all variants of this story is the following: one scientist, called X, sends a request to another, Z, for a particular bacteriophage strain which Z has discovered. Z replies saying he is not sending it out. X thereupon plates out the letter and retrieves the phage from it. Some versions include a third scientist, Y, to whom the outraged X takes the letter; it is Y who advises X on how to recover the bacteriophage.
Now Z, in this story, is Norton Zinder, who discovered an RNA phage, f2, in the sewers of New York and who did not send out the phage to the large number of scientists who requested it. He also found a single-stranded DNA filamentous phage, f1, in the same sewage. Both f1 and f2 would only grow on bacteria with a sex factor. It has been suggested that I was either X or Y in the legend; that is, I either plated out the letter myself or got somebody else to do it. In fact, this is an invented story and, with one exception to be recounted later, I do not know that it has ever been attempted.
(拙訳)
ある人が、「手紙のファージ」として知られている伝説の起源について私に尋ねた。この話の派生形すべてに共通しているのは、以下のような筋書きである。Xと呼ばれるある科学者が、別の科学者Zに、Zが発見したあるバクテリオファージの株を所望した。Zは、送るつもりはない、と返答した。そこでXはその手紙を圧延し、そこからファージを回収した。この話のあるバージョンでは、第三の科学者Yが登場し、怒ったXがYに手紙を持っていく。バクテリオファージの回収について助言するのはYということになっている。
さて、この話のZはノートン・ジンダー*2である。彼はRNAファージf2をニューヨークの下水で発見し、そのファージを所望した多くの科学者に送らなかった。彼はまた、同じ下水で一本鎖 DNA 繊維状ファージf1も発見した。f1とf2はいずれも性因子を持つバクテリアでのみ増殖する。私は伝説の中のXもしくはYということになっている。即ち、私が自分で手紙を圧延したか、もしくは誰か別に人にやらせたことになっている。実際には、これは創作された話であり、後述する一つの例外を除き、そうしたことが試されたことがあるのかどうか私は知らない。

この後ブレナーは概ね以下のようなことを書いている。

  • ファージの株を送るともっと欲しいと言ってくる人にどう対処するか、という長年の問題があり、自分たちの世代では単に拒否するということはせず、もっと回りくどい方法を取るのが常だった。思い付いた一つの方法が、繫殖力が高く根絶が不可能で、研究室をものの数時間で汚染してしまうバクテリオファージT1を出しに使うことである。ジョージ・ストライジンガー*3と自分が考えた対処法は、要望に完全に応えつつも、手紙にバクテリオファージT1をまぶす、というものだった。要望者がもっと欲しいと言ってきたなら、そちらの研究室のひどい災難にお見舞いの言葉を送りつつ、そちらからの手紙は感染を防ぐために到着次第焼き捨てるように指示しているので、要望にお応えできず申し訳ない、と返事することになる。
  • ノートン・ジンダーがRNAファージについての論文を出版した時、自分は確かにサンプルを要望することを考えた。それはバクテリアの性因子の存在を確認したかったためだが、そう言ってもジンダーが信用せず、自分でRNA複製をやろうとするための嘘だと決めつけるのは分かっていた。多くの人がジンダーの出し惜しみに文句を言っており、自分はそこで、手紙を圧延してファージを回収してはどうか、と一回ならず提案した。自分がそうした回収に成功したと思わせた点では罪があるかもしれない。
  • 結局自分は、ケンブリッジ下水処理場に行ってファージを回収した。ニューヨークの下水は素晴らしいかもしれないが、ケンブリッジの下水もそれに引けを取るものではなかった。他の研究者も各々の下水からサンプルを取得し、中には元の発見より有名になったものもある。私も未だに自分が分離したものを使っている。フランソワ・ジャコブ(François Jacob*4)は、ファージが欲しくなると近くの薬局に行くと言っていた。そこでは胃腸用にありとあらゆるファージが売っていたが、その歴史を辿ってみたところ、セルティッチとブルガーコフ(Sertic and Boulgakov)という2人によってパリの下水から分離されたものだということが分かった*5
  • 自分が秘かに細菌株を取得しようとしたのは、デビッド・セッチャー*6ケンブリッジインターフェロンモノクローナル抗体を研究していた時に、彼がチャールズ・ワイズマン*7から貴重なクローンされたインターフェロンの瓶を取得した時である。自分はセッチャーに、中身を圧延してインターフェロンを生成した株を回収できないかどうか試すように言った。ワイズマンは数日後、心配した様子で、こちらに送る前に彼が抽出物を濾過したかどうかを確認する電話を掛けてきた。セッチャーは、自分の指示に従っていたので、抽出物が無菌であることを彼に請け合うことができた。もちろんワイズマンは、T1を付加して我々が彼のインターフェロンのクローンを取得できないようにすることもできたわけだが。