というNBER論文が上がっている(H/T タイラー・コーエン;ungated版)。原題は「Extraordinary Labor Market Developments and the 2022-23 Disinflation」で、著者はSteven J. Davis(スタンフォード大)。
以下はungated版からの引用。
To summarize, two extraordinary labor market developments exerted unusual restraints on wage growth (and other labor-related costs) in recent years. First, a rebound in the labor force participation rate raised labor supply and restrained wage growth starting in the first quarter of 2022, and perhaps earlier. Second, the big shift to WFH lowered average wage growth by two percentage points from spring 2021 to spring 2023. The shift to WFH likely exerted downward pressure on wage growth outside of this time interval as well, given that wage adjustments take time. Even with flexible wages, search and matching frictions in the labor market imply that it takes time for people who value WFH to sort into jobs that offer the amenity. That, too, slows the aggregate wage adjustment process, as in the analysis of Bagga et al. (2023).
If this line of argument is correct, we should see unusually slow growth in aggregate real wages from the first quarter of 2021 through at least the middle of 2023. We should also see persistent shifts in the structure of real wages, with greater wage-growth restraint in sectors that offer more scope for remote work. I now take up these two matters in turn.
(拙訳)
まとめると、最近、労働市場の2つの異常な推移が、賃金の伸び(およびその他の労働関連費用)に通常とは異なる抑止効果を発揮した。一つは、2022年第一四半期以降、および、おそらくはそれ以前から、労働参加率のリバウンドが労働供給を引き上げ、賃金の伸びを抑えた。もう一つは、在宅勤務に大きく移行したことで、2021年春から2023年春に掛けて平均賃金の伸びが2%ポイント低下した*1。賃金の調整に時間が掛かることを考えると、在宅勤務への移行は、これ以外の期間においても賃金の伸びに下方圧力を加えた可能性が高い。伸縮的な賃金においても、労働市場のサーチとマッチングの摩擦は、在宅勤務を重んじる人がそうした環境を提供する職に就くのに時間が掛かることを意味している。そのことも、バッガら(2023*2)の分析にあるように、マクロの賃金の調整過程を遅らせる。
もし以上の議論が正しければ、2021年第一四半期から少なくとも2023年半ばまで、マクロの実質賃金は通例にない低い伸びとなったはずである。また、リモートワークの範囲が大きい部門で賃金の伸びが抑えられることから、実質賃金の継続的な構造変化もあったはずである。この2つの件を順に見ていこう。
これに続いて論文では以下の2つのグラフを提示し、その予測通りの動きになっていることを示している。
マクロの実質賃金については、実質ECI(雇用コスト指数)と実質Wage Tracker(アトランタ連銀の賃金指数)を提示しているが、グラフより前の期間の2006年から2019年に掛けては、それぞれ年率0.4%ポイントと1.1%ポイント伸びるという順景気循環的な動きを示していた。そのことに鑑みれば、2021年第一四半期から2024年第一四半期に掛けては、労働市場が非常に逼迫していたこともあり、少なくともそれぞれ累積で1.3%ポイントと3.3%ポイント伸びていてもおかしくなかった。しかし実際にはそれよりも3.5から4.4%ポイント低い動きとなった、と論文は指摘する。
部門別については、レジャー・ホスピタリティを初めとして、小売、医療・社会福祉、その他サービスといった在宅勤務に馴染みにくい業種の賃金の伸びが高かった半面、在宅勤務の割合が高い業種である金融・保険の伸びが低かったことを論文では指摘している。ただ、在宅勤務が多い情報と専門・ビジネスサービスの伸びが中程度で、在宅勤務の機会が乏しい建設の伸びが相対的に低かったりするので、それですべてが説明できるわけではない、と断っている。
実質賃金の伸びの低さについては、インフレが急騰したことに原因を求める経済学者もいる。名目賃金の調整は遅れるので、実質賃金がインフレの初期には低下する、というわけだ。確かに短期ではそうした効果もあっただろうが、インフレ上昇が反転してから2年近く経つのに、上の図5に見られるように、実質賃金のキャッチアップ効果は見られないので、それでは説明し切れない、というのが論文の指摘である。
今後については、労働供給のリバウンドと在宅勤務への賃金の調整が収束するにつれ賃金も以前の伸びに戻っていくだろうが、ただし在宅勤務による勤務地と障碍者雇用の拡大効果はこれからも続くので、それが労働供給の増加を通じて引き続き賃金の伸びを抑えるかもしれない、とのことである。