雇用の回復速度とZMP仮説

10年前にタイラー・コーエンのZMP労働者(Zero marginal product workers=限界生産力がゼロの労働者)仮説がクルーグマンらに叩かれている様を紹介したことがあったが、本ブログで先月末に紹介したHall=Kudlyakの研究*1などを基に、コーエンが、皆に叩かれたが自分の仮説は正しかった、と10年越しの反撃を繰り出している。曰く、それらの研究が示すところによれば、今回の不況による雇用の喪失は、名目需要が回復しても簡単には戻らない。何となれば、職を失った人の中には、とにかくもう働きたくない、職探しをするのも嫌だ、という人が多くいるからである。そのように面接にすら来ない人の限界生産力がどうしてゼロより大きいことがあろうか? このような労働者側の供給要因によって雇用の回復は遅くなっているのである。

コーエンは、これは前回の不況時も同様だったとして、前述のHall=Kudlyak論文の著者の一人であるMarianna Kudlyak(SF連銀)の2012年の共著論文*2と、セントルイス連銀の今年4月の論文*3も引いている。前者は、大不況より前の不況では被雇用者と失業者の間の流れを見れば失業率の推移が理解できたが、大不況では失業者と非労働力人口の間の流れも見る必要がある、と述べている。後者では、労働者を以下の3つに分類し、このうちのγ労働者が少数派ながら大不況時の労働市場のミクロ・マクロの不思議な現象をもたらした、としている。

  • α労働者:同じ職に2年以上留まり、失業すると通常1四半期以内に次の職を見つける。全労働者の半分以上を占める。大不況時にはα労働者の余剰失業は僅かしか上昇せず、それもすぐに吸収された。
  • γ労働者:2年以上同じ職に留まる確率は低く、失業すると1年以上無職に留まる可能性が高い。全労働者の1/5以下。大不況時にはγ労働者の失業は20%ポイント上昇し、ピークの4年後も吸収されなかった。
  • β労働者:αとγの中間。


後続エントリでコーエンは、クルーグマンのツイート*4にドヤ顔でリンクし*5、Kudlyakの優れた分析能力を改めて称賛している。

*1:コーエンの紹介エントリはこちら。そこでコーエンはKudlyakの研究に賛辞を送っている。

*2:この時の共著者はリッチモンド連銀のFelipe F. Schwartzmanで、論文のタイトルは「Accounting for Unemployment in the Great Recession: Nonparticipation Matters」。

*3:著者はVictoria Gregory(セントルイス連銀)、Guido Menzio(NYU)、David Wiczer(ストーニーブルック大)で、論文のタイトルは「The Alpha Beta Gamma of the Labor Market」。コーエンの紹介エントリはこちら

*4:そこでクルーグマンは、Hall=Kudlyak論文を取り上げ、雇用回復には速度制限が掛かっているようだと述べている。ちなみにクルーグマンはピーター・ダイアモンドに同論文を紹介されたとの由。

*5:「Paul Krugman cries “Uncle!”(ポール・クルーグマンは「参った!」と言っている)」というコメントを添えている。