失業保険延長打ち切りは本当に180万の雇用を生み出したのか?

2/5エントリでは1/28に紹介したMarcus Hagedorn, Iourii Manovskii and Kurt Mitman (HMM)論文に対するサムナーの評価を紹介したが、マイク・コンツァルも表題のブログエントリでこの論文について書いている*1
以下はその概要。

  • HMM論文では議会が失業保険の再延長をしなかったことで180万人の人が追加的に職を得たとなっているが、失業給付が期限切れとなったのは130万人に過ぎない。この論文では、モデルや技法やデータに関する通常の手続きと違う分析を行っているため、そういう結果を導いている。
    • Patrick Brennanの解説記事は素晴らしいが、その点に触れていない。
    • この著者たちは、2013年にも、大不況の失業率の上昇は大部分が失業給付によるものだ、という論文を書いて波紋を呼んだが、今回の論文でもその手法を継続している。
  • 失業保険の研究に関する標準的な手法では、失業保険によって労働者が求人への応募を見送ることが容易になる、というモデルを使う。それによって求職に掛ける時間が長くなり、失業者のプールが大きくなり、失業率を上昇させる。そのことを検証するため、研究者は個々人を長期的に追ったデータを用いて、失業保険を受け取った人と受け取っていない人の職探しに費やす時間の違いを比較する。
    • 大不況に関する2つのもっとも有名な研究ではその手法を用いている。Jesse Rothstein (2011)は、失業保険が失業率を「0.1〜0.5ポイントだけ上昇させた」と報告している。Farber and Valletta (2013)は、「失業保険は全体的な失業率を0.4%ポイントだけ上昇させた」と述べている。
    • 小さいとはいえ、失業率の上昇は事実である。ここでの問題は、高失業率と、所得支援、総需要の増大、人々が最適な職を見つけるために時間を掛けることによる効率性の上昇、といった失業保険のプラスの効果との間のトレードオフである。
  • HMMの手法にはモデル、技法、データそれぞれに問題がある。
    • モデルの問題
      • HMMは、求職者の話だけではない「マクロ」の効果を見ることによって他の研究よりかなり高い推計結果を得たとしている。労働サーチモデルによれば、失業保険が労働市場を引き締めることにより、雇用者は賃金を上げて求人数を減らさなくてはならない、と彼らは言う。
      • しかしHMMは総雇用しか見ていない。もしそのような労働サーチ動学が働いているならば、実際の賃金データや求人数が失業保険の変化にどのように反応したかが示されていて然るべきだが、論文には見当たらない。
      • 彼らの主張は、2010-2013年に労働者が交渉力を持ち過ぎ、労働市場の需給がきつくなり過ぎたという考えに完全に依拠している。労働保険の終了によってその状況が遂に緩和されたとのことだが、もしそうならば2014年に賃金の低下と企業利益の上昇が生じていたはずではないか?
      • 彼らは深遠な話をしておらず、基本的に残差を取ってそれを失業保険の「マクロ」の効果と呼んでいるに過ぎない。しかし他の様々な種類の証拠抜きでは、サーチモデルがそうした予言を検証したことを当然視はできない。以前Marshall Steinbaumは、そうしたモデルによって景気循環や賃金の予測について論じることは「実証上の大惨事」をもたらすと書いた*2
    • 技法の問題
      • モデルの曖昧なところがコントロールの問題によって悪化している。
      • 標準的なモデルでは、失業保険を受け取らない人々が、比較対照におけるコントロール群の役割を見事に果たしている。HMMは、失業保険の期間が長い州と短い州を比較しているに過ぎず、個人を見ていない。今回の失効は議会によって実施されたので、基本的にランダムな変化である、と彼らは言う。
      • しかし、少しデータを見ただけでも、彼らの言う給付が高い州の2012年の失業率が8.4%であり、低い州のそれは6.5%であることが分かる。これではランダムとは言えない。経済が回復すれば、当初の失業率が高かった州がより急速に回復すると考えるのが自然。それは単なる「回復」の話に過ぎず、失業保険についての話ではなく、ましてや労働者の交渉力の話でもない。
    • データの問題
      • 彼らは郡ベースの分析によって上記の問題をカバーしようとしているが、そのデータに問題がある。ディーン・ベーカーが指摘したように、彼らの地域データは、その州が勤務先か居住先かを混同しており、またかなりの程度モデルを用いているため、ノイズが多い。かなりの程度モデルが用いられたデータであることは、州をまたがった郡の比較において問題を引き起こす。
      • ベーカーは、彼らの雇用データを、より信頼性の高いCES雇用データ(毎月耳にする雇用創出者数)によって置き換えたところ、逆の結果を得た。
      • データの僅かな変化により結果が変わることを問題視したのはベーカーが最初ではない。クリーブランド連銀は、以前の段階で、彼らの結果がより長期の枠組みを用いて異常値を取り除くことにより崩れることを指摘していた

コンツァルは最後に、ロバート・ホールが彼らの以前の研究について書いた懐疑的なコメントを引用し、今回の研究についてもそれはそのまま当てはまる、と評している。

*1:原題は「Did Ending Unemployment Insurance Extensions Really Create 1.8 Million Jobs?」。実は小生がサムナーのエントリに気付いたのはこのエントリのコメント経由。

*2:cf. ここ