なぜコロナ禍前の失業率はあれほど低かったのか?

タイラー・コーエンが表題のエントリ(原題は「Why was pre-Covid unemployment so low?」)で、最近お気に入り*1のMarianna Kudlyak(SF連銀)が昨年2月に書いた論文へのリンクページ紹介している。論文のタイトルは「Why Is Current Unemployment So Low?」で、共著者はリッチモンド連銀の Andreas Hornstein。Kudlyakは昨年3/2付けのFRBSF Economic Letterでもその研究内容をまとめている(そちらの共著者はSF連銀のMitchell G. Ochse)。

主な内容は、失業率の推移を、失業者・就労者・非労働力人口の間の遷移と結び付いて分析したもの。その点では2010/12/16エントリで紹介したDavid Andolfattoやマイク・コンツァルの分析と似ているが、リーマンショック後からコロナ禍直前までの景気拡大期間を取り込んだことにより、新たな知見が得られている。具体的には:

  • 失業者から就労者、失業者から非労働力人口への遷移率は景気拡大期に上昇しており、それは直近の景気拡大期でも同様*2。ただ、その上昇は過去に比べ特に大きいわけではなく、例えば2019年末の失業者から就労者への遷移率は2007年のピークより下に留まっている(図1パネルA)。
  • 就労者から失業者、非労働力人口から失業者への遷移率は景気拡大期には低下する*3。こちらの遷移率は2019年末には過去最低水準にあり、特に就労者から失業者への遷移率は顕著な長期低下傾向を示している(図1パネルB)。
  • 就労者から非労働力人口、非労働力人口から就労者への遷移率は、失業者への入出流に直接関係しないが、就労者数と非労働力人口を変えることによって間接的に失業率に影響する。両遷移率はトレンドからあまり乖離しておらず、非労働力人口からの就職率は2019年末までにリーマンショック前のピークに達していない*4(図1パネルC)。

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 (パネルA、BはFRBSF Economic Letter、パネルCは論文から)


Kudlyakらはさらに、定常状態の失業率をこれら6つの遷移率で表現し、失業率への各遷移率の寄与度を測る、という分析を行っている。具体的には、失業者数と就労者数の変化は遷移率λを使って以下のように表せる(Uが失業者数、Eが就労者数、Nが非労働力人口で、遷移率の上添字は、例えばEUは就労から失業への遷移を表す。式番号は論文の式番号)。
dUt = λEUt Et + λNUt Nt − (λUEt + λUNt)Ut      … (1)
dEt = λUEt Ut + λNEt Nt − (λEUt + λENt)Et       … (2)
定常状態では(1)と(2)はいずれもゼロになるので、両式からNtを消去して以下の式が導かれる*5
EUt λNEt + λEUt λNUt + λENt λNUt) Et = (λUEt λNEt+ λUNt λNEt + λUEtλNUt)Ut
よって定常状態の失業率は
ut = Ut / (Ut + Et)
  = (λEUt λNEt + λEUt λNUt + λENt λNUt) / (λEUt λNEt + λEUt λNUt + λENt λNUt + λUEt λNEt+ λUNt λNEt + λUEtλNUt)

この関係を基に寄与度分解を行ったのが以下の図である(図はFRBSF Economic Letterから)。
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これについてKudlyakは以下の2点を指摘している。

  • 図では失業率(金線)、就職率寄与度(緑線)、離職率寄与度(青線)のサンプル平均からの乖離を示しているが、最近は離職率寄与度が下振れている。
  • これは過去の景気回復期と異なる。過去の景気循環のピークでは、専ら就職率の上昇が失業率を押し下げていた。

Kudlyakはまた、失業率の長期的な変化に対する遷移率の変化の寄与度の分解も行っている(図は論文から)。
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Kudlyakによると、2019年末の失業率は低い水準にあるが、遷移率のトレンドから近似的に作成した定常状態の失業率も下がっているため、実際の失業率とトレンド失業率との差で見た労働市場の逼迫度は過去のピーク時(2000年、2007年)とそれほど変わっていない(2019年末の実際の失業率が2007年より0.9%ポイント下がったのに対し、トレンド失業率は1.2%ポイント低下して4.4%になっている)。
また、2007年から2019年のトレンド失業率の低下を寄与度分解すると、失業者への遷移の低下でほぼ説明できたとのことである。実際の寄与度の数字を論文の表2から引っ張ってくると以下のようになっているが、失業者への遷移の内訳では、就労者から失業者、非労働力人口から失業者の寄与度が概ね半々となっている。

遷移 寄与度(%)
EU 57
NU 51
UE 9
UN 15
NE -8
EN -23

*1:cf. 前回エントリ

*2:cf. 2010/12/16エントリで紹介したコンツァルの図では上がり始めたところまでしか描かれていない。

*3:cf. コンツァルの図では非労働力人口から失業者への遷移率がリーマンショックの景気後退期に上がったところまでしか描かれていない。

*4:cf. コンツァルの図では非労働力人口から就労者への遷移率がリーマンショックの景気後退期に下がったところまでしか描かれていない。

*5:論文では定常状態の記号はチルダを上に付与しているが、ここでは省略。