シアトル最低賃金騒動

最低賃金引上げと雇用の関係は経済学で最もホットなトピックの一つであるが、先月出されたシアトルの最低賃金引上げに関する研究(NBER論文そのungated版)が話題を呼んでいる(cf. 山口慎太郎氏の日本語ブログ記事による紹介)。論文のタイトルは「Minimum Wage Increases, Wages, and Low-Wage Employment: Evidence from Seattle」で、著者はEkaterina Jardim、Mark C. Long、Robert Plotnick、Emma van Inwegen、Jacob Vigdor、Hilary Wething(いずれもワシントン大)。
以下はその要旨。

This paper evaluates the wage, employment, and hours effects of the first and second phase-in of the Seattle Minimum Wage Ordinance, which raised the minimum wage from $9.47 to $11 per hour in 2015 and to $13 per hour in 2016. Using a variety of methods to analyze employment in all sectors paying below a specified real hourly rate, we conclude that the second wage increase to $13 reduced hours worked in low-wage jobs by around 9 percent, while hourly wages in such jobs increased by around 3 percent. Consequently, total payroll fell for such jobs, implying that the minimum wage ordinance lowered low-wage employees’ earnings by an average of $125 per month in 2016. Evidence attributes more modest effects to the first wage increase. We estimate an effect of zero when analyzing employment in the restaurant industry at all wage levels, comparable to many prior studies.
(拙訳)
本稿は、シアトル最低賃金条例の段階的導入の第一ステップと第二ステップが、賃金、雇用、労働時間に与えた影響を推計した。2015年の第一ステップでは最低賃金が時間当たり9.47ドルから11ドルに引き上げられ、2016年の第二ステップでは13ドルに引き上げられた。実質時間給が特定の水準以下の全職種の雇用を様々な手法で分析した結果、13ドルへの2回目の引き上げにより、低賃金労働の時給が約3%増えた一方で、労働時間が約9%減少した、と我々は結論する。従って、給与総額は低下したことになる。即ち、最低賃金条例は、2016年に、低賃金の被雇用者の月収を平均125ドル低下させた。実証結果によると、第一ステップの引き上げの影響はより小幅だった。レストラン業界の全賃金水準の雇用を分析したところ、影響はゼロであったと推計されたが、これは多くの従前の研究と概ね同様の結果である。


この研究への批判も既に出ていて、FT AlphavilleでMartin Sandbuがそれらの批判を以下の5点にまとめている(初出はFree Lunch;H/T Sandwichman@Econospeak*1)。

  1. 結果が直観に合わないという問題
    • 研究対象期間を通じてシアトルは好景気で、平均賃金は18%伸び、すべての賃金水準の労働時間も伸びた。
    • 研究は職単位で個人単位ではないため、低賃金の職が減ったとしても、職を失ったのか、それとも、より高賃金の職に移ったのか、は分からない。全体的な職の状況を見ると、前者の可能性は低いように思われる。
  2. 研究手法の問題
    • 対照群との差は最低賃金の引き上げが原因、という研究の仮定を、そのまま高賃金(時給19ドル以上)の職についての結果に適用すると、対照群に比べて高賃金の職が伸びたのは最低賃金の引き上げによる、ということになってしまう。
  3. データの問題
    • 最低賃金の引き上げによって時給19ドル以上の職が伸びた、という前項の話が信じ難いというのであれば、背理法により、データがおかしい、ということになる。
    • ジャレッド・バーンスタインは、対照群(州の別の場所)もシアトルの引き上げと独立ではないのでは、と指摘している
  4. データの代表性の問題
    • 研究者のデータセットは全職種の数値を収録しているものの、市外拠点を1ヶ所以上持つ会社については最低賃金引上げの対象か否かが不明ということで除外しており、職の4割が対象外となっている。
  5. 単純な算術的問題
    • 「低賃金」を固定的な閾値(時給19ドル)以下として定義した場合、ある集団の平均賃金が、当初は同様の水準にあった対照群よりも急速に上昇したならば、低賃金の集団の人数は、必然的に、より大きく減少する。
    • こうした階層区分のクリーピングという現象により、仮に因果関係が存在しない場合(例えば皆が同じ職種に留まっていた場合)でも、賃金の上昇率が高くなると、低賃金の労働者は機械的な計算を通じて減少してしまう。

*1:FTのまとめの第1点と第5点でそれぞれSandwichmanのここここのエントリがリンクされていることを紹介しており、コメント欄でバークレー・ロッサーが祝辞を送っている(ただしFTで実際にリンクされているのはEconospeakではなくAngryBearのクロスポスト)。