債務をどうすべきか?

Project Syndicateに各論者が相次いで財政政策と財政赤字や債務の問題について書いているので、各人の論点が最も明確になっているように思われる部分を拾ってみる。

●マーチン・フェルドシュタイン(Martin Feldstein)「Japan’s Economic Quandary(日本の経済的苦境)」(4/29)

Japan’s biggest immediate problem, however, is the budget deficit and government debt. If the BOJ succeeds in achieving a 2% inflation rate, the deficit will rise rapidly, as the interest rate on government debt would increase from the current zero level. Failure to implement the spending cuts and revenue increases needed to reduce the budget deficit would undermine confidence in the economy’s prospects and increase speculation that the government would eventually resort to some form of debt repudiation.
(拙訳)
しかしながら、日本の差し迫った最大の問題は、財政赤字と政府債務である。もし日銀が2%のインフレ目標達成に成功したならば、政府債務の金利は現在のゼロ水準から上昇し、赤字は急速に拡大するだろう。財政赤字を削減するのに必要な歳出削減と歳入増加の実行に失敗すれば、経済の見通しへの信頼を損ない、政府は最終的に何らかの形で債務の履行を拒否するという手段に訴えるのではないか、という思惑を増大させるだろう。

フェルドシュタインが訴えるのは、消費税率の予定通りの引き上げである。ただ、衝撃緩和策として、財政政策で税率引き上げの縮小効果を相殺すること、もしくは、引き上げを毎年1%ずつ3〜4年掛けて行って継続的な駆け込み消費を誘発すること*1、も併せて提唱している。

●J・ブラッドフォード・デロング(J. Bradford DeLong)「Rescue Helicopters for Stranded Economies(座礁した経済への救難ヘリ)」(4/29)

Some point to the risk that, once the economy recovers and interest rates rise, governments will fail to make the appropriate adjustments to fiscal policy. But this argument is specious. Governments that wish to pursue bad policies will do so no matter what decisions are made today. And to the extent that this risk exists at all, it is offset by the very tangible economic benefits of stimulus: improved labor-force skills, higher business investment, faster business-model development, and new, useful infrastructure.
(拙訳)
経済が回復して金利が上昇した時に政府が財政政策の適切な調整の実行に失敗する、というリスクを指摘する人もいる。しかしこの議論は疑わしい。悪しき政策を追求したいと思う政府は、今日どのような決定がなされようがそうするだろう。そして、そうしたリスクが存在するにしても、財政刺激策の非常に明白な経済的恩恵によって相殺されるだろう。その恩恵とは、労働力の技能の向上、企業の投資の拡大、より迅速なビジネスモデルの開発、および、有用な新たなインフラである。

上の引用部でフェルドシュタインが示した懸念を同日の論説でデロングは一蹴している。

●マイケル・スペンス(Michael Spence)「Managing Debt in an Overleveraged World(過剰レバレッジの世界における債務管理)」(4/27)

Many developed countries are also failing to invest in high-return assets, but for a different reason: Their tight budgets and rising debts are preventing them from investing much at all. As this weakens growth and reduces inflation, the speed at which their sovereign-debt ratios can be reduced declines considerably.
In order to spur growth and employment, these economies must start paying closer attention to the kind of debt they accumulate. If the debt is financing growth-promoting investment, it may be a very good idea. If, however, it is financing “current operations” and raising short-term aggregate demand, it is highly risky.
(拙訳)
多くの先進国もまた、収益性の高い資産への投資に失敗している。しかしそれは違った理由による。それらの国では、緊縮財政と債務の上昇が、投資を行うこと自体を妨げている。それによって成長が弱まりインフレが低下しているため、政府債務比率を減らすスピードが著しく低下している。
成長と雇用を加速させるために、それらの国では、蓄積している債務の種類にもっと注意を払う必要がある。もし債務が成長を促進させるような投資を賄っているならば、それは非常に良いものだと言える。しかし、もし「経常的な業務」を賄っていて短期の総需要を引き上げているならば、非常にリスクの高いものである。

フェルドシュタインが日本を取り上げたのに対し、スペンスは中国に焦点を当てている。この前段でスペンスは、中国は投資を行っているが、その質が問題であり、その点で中国の債務問題は実は投資問題だ、と述べている。またスペンスは、債務の危険性を評価するに当たっては以下の4つの点に留意する必要がある、とも述べている。

  1. 債務の部門別(家計、政府、非金融法人企業、金融部門)の構成
    • 総債務GDP比率が同じような高水準にある経済でも、構成が大きく異なることがある。特に家計の債務過剰は、資産価格の下落が消費の低下にすぐにつながるという点で危険。
  2. 名目成長率
    • 低成長環境下ではある種の債務不履行の可能性が顕著に増加する。
  3. 金融政策と金利
    • 現在の積極的な金融政策を永遠に続けることはできず、今日の高水準ないし増加している公的債務を維持可能なものとしている低金利が半恒久的に続くという幻想を抱くべきではない。
      • これは上述のフェルドシュタインの懸念と通底している話かと思われる。
  4. 投資
    • これが最も重要な点。
浜田宏一Money from Heaven?(天からのお金?)」(4/29)

Turner believes that Japan, in particular, would benefit from helicopter drops. In his view, MFFP is the ideal solution to spur demand, without further augmenting Japan’s already-heavy debt burden. But Japan’s large public-debt burden is dangerous precisely because of its potential to spur inflation, through the monetization of the debt. In this context, introducing MFFP – a policy that is even more likely to destabilize prices – seems dangerous.
(拙訳)
ターナーは、特に日本がヘリコプターマネーの恩恵を受ける、と考えている。彼の考えでは、財政マネタイズは、日本に既に重くのしかかっている債務を悪化させること無く需要を喚起する理想的な解決策である。しかし日本の巨額の公的債務負担は、まさに債務のマネタイズによってインフレを喚起する可能性がある故に危険なのである。その点に鑑みると、財政マネタイズの導入は、物価を不安定化させる可能性も高い政策であり、危険に思われる。

この論説で浜田氏は、アデア・ターナーの財政マネタイズの主張*2を紹介しつつ、上述の通りそれに反対の姿勢を示し、現在のアベノミクスを継続すべき、と主張している。
一方、財政マネタイズの話を一国からグローバルに広げたのが次の論説である。

●Andrew Sheng, Xiao Geng「How to Finance Global Reflation(世界的リフレーションをどのように賄うか)」(4/25)

The problem today is a lack of will, not a lack of opportunities, to do what it takes to boost demand. In fact, investment in global public goods – namely, the infrastructure needed to meet the needs of the developing world and to mitigate climate change – could spur global reflation. An estimated $6 trillion in infrastructure investment will be needed annually over the next 15 years just to address global warming. Moreover, the G30 has estimated that an additional $7.1 trillion in annual investment by the nine top economies – which account for 60% of world output – will be needed to sustain moderate global growth.
With the US, the issuer of the world’s preeminent reserve currency, unwilling or unable to provide the liquidity needed to close the infrastructure investment gap, a new supplementary reserve currency should be instituted – one whose issuer does not have to confront the Triffin dilemma. This leaves one option: the International Monetary Fund’s Special Drawing Right.
(拙訳)
今日の問題は、需要を押し上げるために必要なことを行う機会の欠如ではなく、意思の欠如である。実際、世界的な公共財、即ち、発展途上国の需要に応えたり気候変動を抑えたりするのに必要なインフラは、世界的なリフレーションを促す。地球温暖化に対処するためだけでも、今後15年間に年間6兆ドルのインフラ投資が必要になると推計されている。また、G30の推計によれば、世界経済の適度な成長を維持するために、世界の生産の6割を占める上位9か国が追加で年間7.1兆ドル投資する必要がある。
世界随一の準備通貨の発行国である米国に、このインフラ投資ギャップを埋めるために必要な流動性を供給する意思もしくは能力が欠落しているならば、発行者がトリフィンのジレンマ*3に直面しないような補完的な準備通貨を新たに導入する必要がある。そうなると、唯一の選択肢は、国際通貨基金特別引出権である。

この後ShengとGengは、SDRを各国の中銀が引き受けることを提唱している。各国の中銀の量的緩和策は通常の貸し出しの増加につながらず、インフレも高めなかったのだから、SDRを通じて世界的な投資に回せばよい、という趣旨である。

*1:これはフェルドシュタインのかねてからの持説。こちらのエントリの冒頭のリンク先も参照。

*2:cf. ここ

*3:cf. ここ