経済学の教科書は、真実、すべての真実、および真実だけを語っているか?

ノアピニオン氏が、マンキューに代表される経済学の入門教科書は「間違っている」というブルームバーグ論説を書き、Econlogのデビッド・ヘンダーソン批判された(H/T マンキュー)。それに対しノアピニオン氏が自ブログで反論している


ノアピニオン氏が経済学の教科書を槍玉に挙げるに当たって例示したテーマは、最低賃金と福祉である。教科書的な解説によれば、最低賃金引き上げは雇用を悪化させ、福祉は労働のインセンティブを減じるとされているが、実証分析によれば実際には必ずしもそれが成立していない。よって教科書の記述は宜しくない、というのがノアピニオン氏の主張である。


それに対しヘンダーソンは、最低賃金の研究についてマンキューは少し表現を柔らかくする必要があるかもしれないが、同賃金の引き上げが十代の雇用を減らすというマンキューの記述の結論は変える必要は無い、と指摘している。また福祉については、経済学者が労働のインセンティブを損なうとしているのは働くと手取りが却って減るような形態の社会給付だが、ノアピニオン氏が挙げた実証研究で対象にしているのはそうした減少が起きない形態の社会給付である、と指摘した。


このヘンダーソンの批判に対するノアピニオン氏の反論を小生なりに要約すると、同氏が問題にしているのは、教科書は、ある政策処置による効果(treatment effects)といういわば一面の真実しか語っていないが、学生たちがそれが一般常識(received wisdom)といういわばすべての真実だと受け止めてしまうような教え方になっているのではないか、ということである。例えば高校の物理や化学の授業で教えられる理論は驚くほど良く現実を説明しているが、それでも授業の中では実験が組み込まれており、学生たちは自分でその理論の正しさを確認するようになっている。一方、大学の経済学入門では一般に自分で回帰を回すような実証分析は講義に組み込まれていないため、教科書で教わる理論の現実への適合性を学生たちが過信してしまうのではないか、もしくは逆に反動で経済学全般に不信感を抱いてしまうのではないか、というのがノアピニオン氏の懸念である。賢い大学生ともなれば、「科学は専門家が無知であると信ずることである(science is the belief in the ignorance of experts)」ということを学んでいるが、理論を一般常識として押し付ける今の経済学入門の教え方はそれに反している、とノアピニオン氏は言う。そして、例えば福祉について言えば、社会給付を受け取ることによる屈辱(welfare stigma)が実際の福祉の現場では重要な役割を演じているかもしれないが、それは経済学入門で教える理論の範囲を超えている、と指摘している。


なお、両者の議論で一つ問題になったのが、経済学入門の教科書の内容が間違っている、という表現である。ノアピニオン氏のブルームバーグ論説は「Most of What You Learned in Econ 101 Is Wrong」と題されていたが、実際の論説では何が間違いかは一切指摘されておらず、タイトルには偽りがあるのではないか、とヘンダーソンは批判した。そして、仮にタイトルはノアピニオン氏が付けたものではないにしても、文中に「But Mankiw's book, like every introductory econ textbook I know of, has a big problem. Most of what's in it is probably wrong.」という表現があることも指摘している。それに対しノアピニオン氏は、正しいか間違っているかは理論の現実への適合性を論じる上ではあまり有用な表現ではない、と暗にヘンダーソンの批判を認めている。