不完全競争と実質賃金の停滞

昨年末のエントリで、資本労働比率、労働生産性、実質賃金の動きが新古典派経済学パラダイムと合わなくなっていることに対し、スティグリッツがK(生産資本)とW(貨幣的な富)との乖離で説明しようとした、というブランコ・ミラノヴィッチのブログ記事を紹介した。そのミラノヴィッチが、今度は同現象についてロバート・ソローが別の観点からの説明を試みたことを報告している(H/T Economist's View)。
以下はその一節。

Bob Solow explored a couple of days ago another possibility. Going back to his own seminal work on the theory of growth, some 60 years ago, Solow asked the following question: why did we assume that there is perfect competition and that factors are paid their perfect competition marginal products? We knew, continued Solow, that there were monopolies; moreover, the theory of imperfect competition (Edward Chamberlin and Joan Robinson) existed since the 1930s. Solow said: “I could not find a good reason, but since theory and facts were broadly in accord, nobody bothered much with the assumptions”. That is, until recently. How can we explain, continued Solow, a sustained and significant divergence between non-farm sector productivity and real wage? Despite some quibbles about the measurement of the two, there is no doubt that they have diverged. But that goes against everything we thought we knew! (I am paraphrasing Solow here.)
(拙訳)
数日前、ボブ・ソローは別の可能性を追求した。成長理論を創り上げた自らのおよそ60年前の研究を振り返り、ソローは以下の問いを投げ掛けた:なぜ我々は、完全競争が働いて、各要素は完全競争の限界生産物を手にすると仮定したのか? そしてソローは、次のように続けた。我々は独占が存在することを知っていたし、不完全競争の理論(エドワード・チェンバレンとジョーン・ロビンソン)は1930年代から存在していた。ソローはこう述べた:「私は良い理由を見つけることができなかったが、理論と事実が概ね整合していたため、仮定について気に病む人はいなかった。」 それは、最近までの話である。ソローは続けた。非農業部門の生産性と実質賃金との間の持続的で有意な乖離をどう説明できるだろうか? 両者の測定に関しては疑義もあるが、乖離したことは疑う余地がない。しかしそのことは、我々が知っていると思ったことすべてに反している!(ここで私はソローの言葉を言い換えている。)

しかし、労働と資本に加えて、価格と限界収益生産高の差からもたらされるレントが存在する不完全競争モデルを仮定すれば、問題は、そのレントがどのように労働と資本の間に分配されるか、ということになる。そして1980年代までは、以下の要因によりレントは労働に有利なように分割されていた。

  • 組合の力(「デトロイト協定」)
  • 相対的な労働力不足
  • 三者(政府・資本・労働)交渉

だが、その後、

  • 組合の凋落
  • 労働へのイデオロギー的な攻撃(レーガン革命)
  • (中国と東欧の世界経済への統合による)世界的に利用可能な賃金労働の大幅な拡大

により、労働側の交渉力は弱まり、資本側の交渉力が強まった。そのため、国民所得における資本の比率が高まり、生産性の伸びが実質賃金の伸びと切り離された、というのがミラノヴィッチの報告するソロー講演の内容である。


問題はこの仮説が実証的に裏付けされるかどうかであるが、業界別の価格の上乗せ幅(それがレントの存在を示すことになる)について経済学者は驚くほど無知である、とソローは述べたという。もし国民所得の2割ないし3割がレントであるならば、上述の政治的要因によって資本比率の上昇が説明できる。しかしその割合が2-3%に留まるのであれば、この仮説は有望とは言えない。ということで、理論の実証研究を行う若手の出番だ、ひょっとしたらソローみたいに有名になれる機会かも!、と呼び掛けてミラノヴィッチはエントリを結んでいる。



組合の弱体化によって労働側が不利になった、というのはクルーグマンなどが良く口にするところであるが、ソローも自らの成長理論の観点から同様の見方を示し、それをミラノヴィッチがピケティと関連付けて紹介したわけだ。ちなみについ最近のこちらのvoxeu記事では、Toby NangleというColumbia Threadneedle Investmentsなる投資会社のアセットアロケーション責任者が、組合の力が弱まったことにより自然利子率が低下した、という見方を披露し、この話を長期停滞論と関連付けている。
また、成長理論と完全競争の関係について言えば、独占的競争モデルが使えるモデルであることが分かったにも関わらず完全競争モデルに固執するシカゴ学派を、ポール・ローマーが非科学的と批判したインタビュー記事が少し前にEconomist's Viewで紹介され、デロングも取り上げている