ユーロ圏の銀行はもう大丈夫?

ペンシルベニア大ウォートン校のKnowledge@Whartonが、ECBのストレステストに関して同大のRichard J. Herringにインタビューしている(H/T Mostly Economics)。以下はその概要。

  • 今回のストレステストの背景を遡ると、2009年の米国のストレステストに辿り着く。そのテストでは19行のうち10行が落第した。普通に考えればそれは良い結果ではないが、落第した銀行は即座にSCAP(Supervised Capital Adequacy Program)に基づいて資本が注入された。その資本は時間を掛けて返済された。
  • それが米国でうまく行ったのを見て、欧州も最初のストレステストを実施した。だが、米国でうまくいったのは巨額の金銭的支援があったからである。また、欧州は独立国の集まりであり、各国にその国を代表する銀行があった。監督者はそうした銀行にきついことが言えず、ストレステストは十分にストレスの掛かったものとはならなかった。そのストレステストが終了した数日後、アイルランドの銀行が破綻し、アイルランド政府がそれを救済しようとしたことが債務危機の引き金となった*1
  • 2回目のストレステストもさほど納得の行くものではなかった。というのも、その時もテストが終了してから間もなく大手銀行が破綻したからである*2
  • 今回のストレステストは、EUが単一の銀行監督当局の設立を決定し、ECBがその実行部隊として実施しているので、失敗が許される余地は以前より小さくなっている。この件についてはドイツと他の諸国が議論を続けてきたが、その議論は銀行システムが過去から引き摺っている損失をどうするか、という点に関するものだった。即ち、これから銀行システムを支援する体制を構築するに当たり、そうした過去の損失に足を引っ張られたくない、という話である。そのために今回のストレステストが実施された。
  • 実際に今回のテストがこれまでに比べてきちんとしたものとなっていたかどうかは時間が経たないと分からないが、そうなったと信ずべき理由が2つある:
    • 一つは、事がECBの管轄となったため、ある国の銀行が破綻した場合でも他の国すべてが費用を負担することになる、ということを皆が重々承知していること。
    • もう一つは、監督者が自国の銀行にどうしても甘くなる傾向にあることが分かっていること。そのため、対象行の国の監督官だけでなく、別の国の監督官、さらにはECBが雇った監督官も検査チームに入れるようにして、3つの異なる視点からの検査を行う仕組みとなった。
  • 米国のストレステストでは、結果発表時に最悪シナリオよりさらに悪い状況に陥っていた。従って、それが本当にうまくいったかどうかには疑問の余地が残った。今回の欧州の場合、多くの人々が懸念するデフレ問題が考慮されていない、という懸念がある。また、ストレスの計測方法にも以下のような問題がある:
    • リスク加重資産に対する自己資本比率の定義において、自己資本に以下を含めたが、いずれも国際会計上もはや認められていない項目である:
      • 繰延税金資産
        • 将来利益を上げるならば結構だが、破綻処理を控えた銀行にとっては何の意味もない。
      • のれん
        • 会計士への報酬や前提次第で如何様にも積み上げられる。
    • 分母の資産にも、すべての国の国債が無リスクだという礼儀正しいフィクションが盛り込まれている。
      • 欧州の根本的な問題は銀行が大量の国債保有していることにあるのであり、危機後にその保有量は大幅に減らされたとは言え、未だに国境を越えた保有額は多額に上る。ユーロ危機が収まって国債がきちんと償還されるという見込みが広がると、高金利国債保有する傾向が出てくるが、金利の高い国債はリスクの高い国のものである。
  • ストレステストのもう一つの狙いは、デフレ圧力が生じている原因を明らかにすることにあった。即ち、銀行の自己資本が弱体であるが故に融資を供給できていないせいなのか、それとも需要が弱いせいなのか、を明らかにすることにあった。米国では銀行貸出の割合は2〜3割に過ぎないが、欧州では7割以上になるので、銀行の資金供給の不全は経済成長にとって大きな足枷となる。ストレステストの結果は、問題が需要不足であることを示した。ただ、今回のテスト直後に銀行が強気に転じたという話もあり、その結論が確定的だとは言えない。
  • 今回のテストが難しかったのは、全行を合格させれば信頼を得られなかったであろう一方、最大手の銀行を不合格にした場合にそれに対処する仕組みが完全に整備されていたとは言い難い、という点にあった。結局、不合格になった最も大手の銀行は、世界最古の銀行モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行であった。同行の株価は元々それほど高くなかったが、2割下落した。
  • 不良債権は1兆ドル以上に上り、そのうち当局にとって想定外の不良債権が1380億ユーロとユーロ圏のGDPの9%に達したが、自己資本の不足は250億ユーロに過ぎないというのはどういうことか、というインタビュアーの質問に対し)話はそれほど単純ではない。適切に評価されていないと思われる資産が検査過程で出てくるのはいつものこと。その場合、検査官は、過小評価されているという言い方はせず、引当金を積み増せ、という言い方をする。今回のストレステストで、様々な将来のポジションを予測するというフォワードルッキングな検査が行われたのは良いこと。これまでの事実上すべての銀行監査は現在の数字しか見ていなかったが、それは将来をバックミラーで見るようなものだった。不良債権の額も人々の予想よりは少なかった。延滞が一定期間(米国では通常90日)以上になると引当金を積み増していき、最終的に損失を確定する際には十分な引当金が積まれている、という形になる。
  • この話はEU内の技術的に小難しい話だと思われがちだが、米国にも関わりは大きい。欧州の銀行システムが回復しないと、我々の金融システムにとってのみならず、世界の需要のかなりの割合を占める欧州経済にとっても大問題。彼らの回復は皆のためにもなる。

*1:cf. ここで紹介したように、アイケングリーンは、翌年に以下のように述べている:
昨年のストレステストにあまり意味が無かったことは、今や多くの人も理解している。あのテストは形ばかりのジェスチャーで、現実的なシナリオを欠いており、銀行が直面し得る流動性リスクを完全に無視していた。/今回は規制当局にはそのような逃げは許されない。個人的には、規制される側からの圧力に弱い各国の規制当局よりは、欧州委員会が責任を持ってストレステストを実施する方が安心できる。

*2:cf. ここで紹介した記事で言及されているデクシアのことか。