日銀預け金はどこから振り向けられたのか?

齊藤誠氏の東洋経済論説に高橋洋一氏が夕刊フジの論説で噛みついた。一方、齊藤氏は、高橋氏への直接の反論は避けつつも、自HP上のメモという形で自らの考え方の背景を説明している


齊藤氏は、13年度の異次元緩和による銀行の日銀預け金の増加が、同期間の銀行のバランスシートの増加、就中、銀行の資金調達源である預金の増加を上回っていることを問題視している。このことは、後者の資金調達によって賄うはずだった他の要因を異次元緩和がクラウドアウト*1してしまったことを意味するのではないか、それは信用創造機能の低下を意味するのではないか、というのが氏の問題意識である。
具体的な数字として齊藤氏は、資金循環統計の預金取扱機関から以下の数字を示している。

(資産サイド) 増減額
日銀預け金 69.2 兆円
国庫短期証券 △16.5 兆円
国債・財投債 △27.2 兆円
(負債サイド) 増減額
預金 31.0 兆円

即ち、日銀預け金の増加額は国庫短期証券国債・財投債の減少では賄いきれておらず、差額の25.5兆円を、預金の増加分31兆円の約8割を囲い込むことによって確保したのではないか、というのが齊藤氏の指摘である。


これに対し高橋氏は、以下のように反論している。

・・・齊藤氏は「貸出が伸びない」と言いたいのだろう。だが、一般に、貸出は遅行指標だ。というのは、景気の回復局面ではまず在庫減で対応し、次に生産増、それが間に合わないと設備投資になって貸出が伸びる。
 しかも、企業は内部資金対応が先で、外部資金に依存して設備投資になるまで時間がかかる。かつての大恐慌でも本格的な貸出増は2〜3年遅れて起こっている。この意味で、13年に貸出が伸びていないのは当然である。
 しかし、金融取引表の貸出の内訳を見ると、金融緩和当初としてはそれなりに頑張っている。貸出1・3兆円は、民間金融機関貸出24・2兆円、コール減少6・1兆円、債券貸借減少4・8兆円、その他減少12・0兆円と分解でき、民間貸出はそれなりに増加している。


ちなみに、両者の議論の的となっている資産の増減(フロー)を、直近5ヶ年度について積み上げ棒グラフで描画すると、以下のようになる(併せてバランスシート全体の伸び[「計」]と負債項目のうち「預金」を折れ線グラフで示した)*2

資金循環統計の項目分類は細かいため、やや恣意的ではあるが、ここでは両者の議論に出てきたうちの5つの主要項目(日銀預け金、民間金融機関貸出、コール貸出、国庫短期証券国債・財融債)と対外証券投資のみピックアップし、それ以外は「その他」項目にまとめている*3


これを見ると、13年度の民間金融機関貸出フローは12年度に比べて増えている(23.2兆→26.2兆)。異次元緩和の規模の割に伸びが物足りないという批判はあろうが、少なくとも減ってはいない。この結果を見る限り、異次元緩和で「クラウドアウト」されたのは、齊藤氏が指摘した国庫短期証券国債・財融債のほかは、主に銀行間のコール貸出と対外証券投資だったことになる。銀行は、異次元緩和という新しい状況下における資産ポートフォリオ選択として、それらの項目(合わせておよそ60.9兆)を日銀預け金に振り替えた、という形になっている訳だ。
ただ、日銀預け金は69.2兆増えているので、残りの8.3兆は、預金増などでバランスシートが伸びた分(35.9兆)から振り向けられたことになる*4。それが齊藤氏が問題視する点であるが、異次元緩和が無ければそれが貸出に回っていたはずだと言うためには、13年度の民間金融機関貸出は26.2兆ではなく34.5兆増えているべきだった、ということを言う必要がある。それを言うのはかなり難しい気がするが、いかがだろうか。

*1:氏はこの用語は用いていないが…。

*2:なお、高橋氏は各項目について資産と負債をネッティングした数字を示しているが、ここでは齊藤氏に合わせてグロスの数字を示している。ただし、時価調整を示す調整表の数字は反映していないため、国債・財融債や預金の数字に差が生じている(国債・財融債:調整前=△24.4兆円、調整額=△2.8兆円;預金:調整前=30.6兆円、調整額=0.4兆円)。

*3:「その他」以外に「その他●●」という項目があるが、それらの内容は次の通り:
 その他現金・預金=現金・預金から日銀預け金を除いたもの
 その他貸出=貸出から民間金融機関貸出とコール貸出を除いたもの
 その他株式以外の証券=株式以外の証券から国庫短期証券国債・財融債を除いたもの

*4:ちなみに12年度のバランスシートの伸びは38.4兆なので、それよりは伸びは落ちている。預金増は39.2兆→30.6兆に低下している。