非効率的市場仮説:なぜ金融市場は現実世界ではうまく機能しないのか

というロジャー・ファーマーらの論文をNEP-DGEブログが紹介している(原題は「The Inefficient Markets Hypothesis: Why Financial Markets Do Not Work Well in the Real World」で、著者はRoger Farmer, Carine Nourry and Alain Venditti)。


以下はその要旨。

Existing literature continues to be unable to offer a convincing explanation for the volatility of the stochastic discount factor in real world data. Our work provides such an explanation. We do not rely on frictions, market incompleteness or transactions costs of any kind. Instead, we modify a simple stochastic representative agent model by allowing for birth and death and by allowing for heterogeneity in agents’ discount factors. We show that these two minor and realistic changes to the timeless Arrow-Debreu paradigm are sufficient to invalidate the implication that competitive financial markets efficiently allocate risk. Our work demonstrates that financial markets, by their very nature, cannot be Pareto efficient, except by chance. Although individuals in our model are rational; markets are not.
(拙訳)
既存の研究は、現実世界のデータが示すストキャスティック・ディスカウント・ファクターの変動性に関し、納得のゆく説明を未だに提供できていない。我々の研究では、そうした説明を提供する。我々の研究は、摩擦や市場の不完全性や取引コストには一切頼っていない。その代わり、単純な確率的代表的主体モデルを修正し、生と死、ならびに主体のディスカウントファクターの不均一性を取り入れた。この2つの軽微だが現実的な変更を時間概念の無いアロー=デブリューの枠組みに施すことが、競争的金融市場がリスクを効率的に割り当てるという含意を無効化するのに十分であることを我々は示す。我々の研究は、偶然を除けば金融市場は本質的にパレート効率的では有り得ないことを示している。我々のモデルの個人は合理的だが、市場はそうではないのだ。


論文の冒頭では、2010年に米国ファイナンス学会会長を務めたジョン・コクランの会長講演(Journal of Financeの2011年8月号に掲載)の結論部から以下の文章を引用している。

Discount rates vary a lot more than we thought. Most of the puzzles and anomalies that we face amount to discount-rate variation we do not understand. Our theoretical controversies are about how discount rates are formed.
(拙訳)
割引率は我々の想定以上に変動する。我々が直面するパズルやアノマリーのほとんどは、我々が理解していない割引率の変動に帰着する。我々の理論上の論争は、割引率の形成方法に関するものとなっている。


また、論文の本文では、今般の危機が改めて割引率へのショックの重要性に注目を集めた、と述べ、例えばEggertsson (2011)のニューケインジアンモデルでは、1929年の株価暴落後の生産やインフレ率の大幅な低下を説明するには時間選好率に対し年率にして5.47%のショックが必要であることを示した、と指摘している*1


なお、ファーマーと言えば、金融政策において株式購入も手段として取り入れるべき、というのが持説であるが、本論文では直接にその点には触れてはいない。ただ、株式市場による効率的な資源配分を金融政策が歪めるべきではない、というのがファーマーの主張への主たる反論であることを考えると、間接的に彼の主張を側面支援する研究になっている、と言えそうである。


NEP-DGEブログのブログ主は、生死が問題になるのは驚きではない――世代重複モデルにおけるのと同様、まだ生まれていない人が現世代と取引できないことは非効率性につながる――が、ディスカウント・ファクターの不均一性も問題となるのは個人的には驚きだった、という感想を述べている。

*1:該当のEggertsson論文は以前ここで軽く紹介したことがある。なお、論文中には5.47%という数字は出ていないので、不思議に思い少し調べてみたところ、ここで紹介した論文で導出されていた。