単位根論争再び

6年ほど前にクルーグマンとマンキューの単位根を巡る議論を紹介したことがあったが、同様の議論が再燃している。きっかけは、ロジャー・ファーマーの4/16エントリ。そこでファーマーは、1955第1四半期〜2014年第4四半期の実質GDPの対数値を定数項とタイムトレンドに回帰し、その残差について検定を行っている。
彼はまず、その残差を一期ラグに回帰し、回帰係数が0.996447と1に近いことを示した。しかしそれだけでは単位根を持つとは言えないので、拡張ディッキー=フラー検定とKPSS検定の2種類の検定を行ったところ、前者では単位根を棄却できず、後者では定常性が棄却されたという*1。この結果についてファーマーは、失業率が単位根を持つことを示した自分の論文を引きつつ、失業率が高い水準を持続し得るのと同様に、GDPもトレンド以下の水準を持続できるのであり、経済が自己修正的であるという証拠はない、と結論付けている。


これにアーノルド・クリングが反応し、自ブログで以下の点をコメントしている*2

  1. 失業率が単位根を持つにしても、Ed Leamerは被雇用者数の変化に持続性があることを見い出した。彼の教科書を見よ、もしくはKling-Leamer-momentum-employmentでぐぐれ。
  2. マクロ経済データの単位根は大きな問題を引き起こす。それを修正しないと見掛けの相関が出てしまう。それを修正すると、手元に残るのはノイズだけ、となりやすい。自分がマクロ計量経済学を「不遜な科学」と呼ぶのはそれが理由の一つ。
  3. 計量経済学者は、株式市場のリターンについて、短期ではランダムウォークであるにも関わらず、長期的な平均回帰傾向を見い出すことができた、GDPのデータについても同様の研究ができるのではないか?
  4. もし実質GDPが本当に非定常的ならば、潜在GDPの概念はどうなる? もし経済が最終的には自己修正的であると考えるならば、修正先は潜在GDPだろう。もし経済が自己修正的ではないならば、潜在GDPという概念は何ら客観的な基盤を持ち得ないことになる。
    • (クリングの持論である)PSST(=Patterns of Sustainable Specialization and Trade;持続可能な専門化と取引のパターン*3)の観点からすれば、潜在GDPというものはないので、それは葬るべき、ということになる。現在において持続可能な専門化と取引のパターンはあくまでも現在において持続可能な専門化と取引のパターンである。過去において持続可能だったパターン、起業家たちが未だ発見していない将来のパターンもあろうが、現時点ではそれらのパターンを潜在と呼ぶことはできない。それらのパターンは持続可能でないか未発見であるためだ。


これにさらにジョン・コクランが反応した。彼は以前にこの件について「How Big is the Random Walk in GNP?」を初めとして何本か論文を書いたというが、そこで得た結論を基に、以下のように書いている。

  • 対数GDPランダムウォーク要因と定常性要因の両方を持っている。消費はランダムウォーク要因の典型。
    • 標準的な確率的成長モデルでも、ランダムウォーク的な技術ショックが生産のランダムウォーク要因をもたらすが、その値の周りの一時的な動学が存在する、と予測されている。
  • GDPの線形トレンドは、「ブル」市場や「ベア」市場と同様、事後的に観測されるに過ぎない。GDPをデトレンドすることは「間違い」ではないが、GDPが線形トレンドに戻ると予測したり、クリングが言うように、線形にデトレンドされた系列同士の相関を真面目に論じることは間違い。マクロ系列をある共通トレンドと共和分しているものとして扱う方が良い。
  • 対数株価はランダムウォーク要因と定常性要因の両方を持っている。配当はランダムウォーク要因の典型(ここ参照)。
  • クリングの「計量経済学者は、株式市場のリターンについて、短期ではランダムウォークであるにも関わらず、長期的な平均回帰傾向を見い出すことができた、GDPのデータについても同様の研究ができるのではないか?」という問いへの答えはイエスで、「恒久的要因と一時的要因」論文(原題は「Permanent and Transitory Components of GNP and Stock Prices」)がそれに相当する。
  • クリングとファーマーは共に失業率が単位根を持つと考えているが、それは違う*4。その点はまさに「批判」論文(原題は「A critique of the application of unit root tests」)で典型的なテストケースとして取り上げた。単位根検定を盲目的に実施して、その構造を当てはめるのはよろしくない。
  • 単位根はランダムウォーク要因を意味する*5ランダムウォークは最終的にはいかなる上限もしくは下限をも突破する*6。失業率のグラフを見ると、経済学の中で見られる最も定常的な系列であることが分かる(「グラフを見よ」と「単位を考えよ」がコクラン流単位根検定)。
  • 失業率は、マクロにおける他の定常的な比率(消費GDP比率、一日当たりの時間、等)と同様、見過ごされがちだが重要な低頻度(=長周期)の推移を示すが、それはランダムウォークとは程遠く、失業率に見られるように、景気循環の周期で大きな一時的要因を持つ。失業率が8%以上になったら、次の5年は低下すると考えるべき*7
  • 午前9時から10時の一時間における秒単位の気温データに単位根検定を実施したら、線形トレンドと単位根の両方を見い出すだろう。データをミリセカンド単位にしても、気候変動を捉える助けにはならない。それが単位根検定の問題。手元のデータの期間と、データで経済的意味を持つ平均回帰の周期とを比較衡量する必要がある。
  • 単位根検定は、有限な期間では決して識別できない無限期間における振る舞いを対象としているものの、データの長周期の推移について警告を発してくれる。そうした警告や、グラフを眺めることは、通常の分布理論を手掛かりにした場合の誤りを明らかにしてくれる。
  • 自分の理解している範囲では、「潜在GDP」は2方向フィルタと同義。それは事後的には素晴らしく見えるが、そのことと、標準的なGDPギャップはGDP成長率の予測、とりわけリアルタイムの予測には役に立たない、というクリングの見解とは矛盾しない。


コクランはまた、単位根を分かりやすく説明してほしいというコメントに応えて、後続エントリで以下の図を示している。


コクランはこの図を概ね次のように解説している。

  • 緑線:「定常的」。例えば2050年の失業率の最善の推計値が5%だとして、今日の失業率が1%ポイント跳ね上がったとしても、失業率が定常的だと考えるならば、2050年の推計を変える必要はない。
  • 青線:「純粋なランダムウォーク」。かつては株価はこれに従うと考えられていた。足元の変化が常に1対1で将来の変化に反映。
  • 黒線:「単位根」。定常要因と少しばかりのランダムウォークとの組み合わせ。
    • ただしGDPについては、上図のような水平線ではなく、過去データを延長した線形トレンドに戻るかが問題になる。

*1:この検定についてコメント欄であるコメンターが、デトレンドした場合、ADF検定の臨界値は大きくなり、KPSS検定の臨界値は小さくなるのではないか、と指摘している(cf. ここ。なお同コメンターは、この点を修正すればファーマーの結論はむしろ強化されるとも述べているが、それは逆のようにも思われる)。また、同じくコメント欄で、Dave GilesがHPフィルタでデトレンドするとどうなるか、と尋ねたのに対し、ファーマーは、HPフィルタを経た系列は手法の性格上定常的になるという話を聞いたことがある、と応じ、Gilesもそうだった、と認めている。

*2:コメント欄ではここで紹介したStephen Gordonの単位根への反対論を持ち出している人がいる。

*3:当初は再計算理論と称していた。cf. ここ

*4:この点についてはクルーグマンが、ファーマーの別のエントリ――それはここで紹介したGlasnerの議論を取り上げ、「1950年代の理論を通じて世界を見ている自称ケインジアンのブロガー(self-professed Keynesian bloggers out there who see the world through the lens of 1950s theory)」を揶揄したものだったが――に反応した際に賛意を表している。

*5:コクランは簡略化してこう書いているが、両者は厳密にはイコールではない。ここで引用した「The Econometrics of Financial Markets」の一節を参照。

*6:この点についてコクランは、コメント欄でのファーマーとのやり取りの中で、ハイチならいざ知らず、米国の失業率が50%や80%以上になってそこに留まるだろうか? もしくは、失業者と称する者を皆シベリア送りにしたソ連ならいざ知らず、米国の失業率が1%や1/10%まで下がるだろうか?、と書いている。

*7:この段落と前の段落をクリングが自ブログで引用している