東日本大震災がクルーグマンの間違いを証明した?

1週間前に、ジョン・コクランがブログで、Johannes WielandというUCバークレーでPhDを取得予定の学生が就職活動用に書いた論文(=Job Market Paper)「Are negative supply shocks expansionary at the zero lower bound?」を紹介している


以下はその要旨。

Standard sticky-price models predict that temporary, negative supply shocks are expansionary at the zero lower bound (ZLB) because such shocks lower expected real interest rates and thus stimulate consumption. This paper tests that prediction with an earthquake and oil supply shocks, demonstrating that these shocks are contractionary at the ZLB despite also lowering expected real interest rates. Positive one-year inflation risk premia at the ZLB further indicate that investors want to insure against unanticipated inflation, which is inconsistent with the standard Euler equation framework and suggests that contractionary, negative supply shocks are quantitatively important over this horizon. These facts are rationalized in a model with financial frictions, where negative supply shocks reduce asset prices and net worth — this tightens balance sheet constraints at banks, so that borrowing spreads rise and consumption contracts. As such, ZLB episodes provide a unique opportunity to discriminate one class of models with financial frictions from standard sticky-price models. The model with financial frictions suggests that an intermediate range of policy multipliers is most plausible for forward guidance by the central bank and for fiscal stimulus.
(拙訳)
標準的な粘着価格モデルは、一時的な負の供給ショックは金利のゼロ下限においては拡張的であると予測している。というのは、そういったショックは期待実質金利を低下させ、それによって消費を刺激するからである。本論文では、地震と石油供給ショックでその予測を検証し、そうしたショックは予測実質金利を低下させるにも関わらず収縮的であることを示す。また、ゼロ金利下限における1年の正のインフレリスクプレミアムは、投資家が予期しないインフレに対して保険を掛けたいと願っていることを示しているが、それは標準的なオイラー方程式の枠組みと矛盾しており、収縮的な負の供給ショックはその期間において定量的に重要であることを示唆している。こうした事実は、金融摩擦を伴うモデルでは合理化される。そうしたモデルでは、負の供給ショックは資産価格と純資産を減少させることによって銀行のバランスシート制約をきつくし、借り入れスプレッドを上昇させ、消費を収縮させる。ゼロ金利下限での状況は、金融摩擦を伴う種類のモデルと標準的な粘着価格モデルを区別するまたとない機会を提供する。金融摩擦を伴うモデルは、中央銀行の時間軸政策と財政刺激策にとっての政策乗数は、それほど大きくも小さくもない範囲の値が最も説得力を持つことを示している。


論文の冒頭では、クルーグマン2011年9月3日付けブログから以下の文章が引用されている:

As some of us keep trying to point out, the United States is in a liquidity trap: [...] This puts us in a world of topsy-turvy, in which many of the usual rules of economics cease to hold. Thrift leads to lower investment; wage cuts reduce employment; even higher productivity can be a bad thing. And the broken windows fallacy ceases to be a fallacy: something that forces firms to replace capital, even if that something seemingly makes them poorer, can stimulate spending and raise employment.
(拙訳)
我々が指摘し続けているように、米国は流動性の罠に嵌っている。[・・・]そのため我々は、多くの通常の経済法則が成立しなくなる逆さまの世界*1に入り込んでいる。倹約は投資を低下させ、賃金カットは雇用を減少させ、高い生産性でさえ良くないことになり得るのだ。そして割れた窓ガラスの誤謬*2は誤謬ではなくなる。企業に資本の更新を余儀無くさせることは、それが企業を貧しくさせるように見えることであっても、支出を刺激し雇用を増加させ得るのだ。


コクランは、学術論文をブログからの引用で始めるのは通常は良いことではないが、これに関しては適切だ、としている*3。その上で、この論文はニューケインジアンモデルおよびそれに依拠したクルーグマンの主唱する財政政策の問題点を示している、と激賞している(ただし金融摩擦の追加によってモデルが改善するかどうかについては意見を留保している)。


ただ、コクランも書いているように、論文で槍玉に挙げている標準モデルでは消費=生産としている。しかし、現実には投資も輸出入も支出面から見た生産の内訳として存在し、仮に消費が増加して負の供給ショックによる制約によって国内生産がそれに応えられなかったとしたら、輸入が増加してむしろGDPが減少することになる。また、負の供給ショックが投資や輸出にマイナスに働けば、やはりGDPの減少要因になる。GDPの減少は国民所得の減少であり、消費にとってはマイナス要因である。従って、単純に地震GDPと消費が減った、すわニューケインジアンモデル破れたり、とはならないのではないか、と思われるが、論文を読む限りそうした単純な論証しかしていないようである。むしろ、GDPの減少に比べて消費の減少は小さいので、GDPで基準化した消費は増加しており、ニューケインジアンモデルを支持する結果になっているようにも読める*4

*1:元エントリではクルーグマン自身のvoxeu記事にリンクしている。

*2:cf. ここ

*3:コクランは言及していないが、論文ではクルーグマンに反対して負の供給ショックを重視する立場の一例としてコクラン自身の2012年2月7日エントリにもリンクしている。

*4:一応、その旨のコメントを(Anonymousで)コクランのエントリのコメント欄に書き込んだ。ちなみに同コメント欄では、ベックワースがここで紹介した論文を引いてニューケインジアンモデルの別の問題点を指摘したりしている。