競争的労働市場での最適な最低賃金政策・補足

昨日紹介したリー=サエズの論文と小生の以前のエントリについて、一点補足しておく。
小生のそのエントリに対しては、大竹文雄氏から、昨日紹介した雇用の優先順位(リー=サエズのいわゆる効率的割り当ての問題)に関するもの以外に、以下のコメントを頂いた*1

仮に、労働者としての消費者余剰が最低賃金上昇によって増加しても、生産者余剰は確実に減少し、その効果が上回るので社会的な総余剰は確実に減少する。


然るに、リー=サエズでは最低賃金の導入によって社会的な総余剰は増加する、という結果を導き出している。これは如何なる理由によるのであろうか?


以下に、論文の図を再掲する。

ここで赤の四角形から緑色の三角形の下半分を差し引いたものが最低賃金の導入によって生じる労働者としての消費者余剰の増加であり、赤の四角形に緑色の三角形の上半分を加えたものが労働の需要者たる生産者の余剰の減少である。従って、緑色の三角形の分だけ生産者余剰の減少が消費者余剰の増加を上回り、社会的な総余剰は減少する。その減少分がいわゆる死荷重に他ならない。

具体的に式で示すと
  赤の四角形の面積=dw1×(h*1+dh1
  緑の三角形の面積=dw1×dh1
である。


(あるいは、小生の以前のエントリの記法に当てはめるならば、
  赤の四角形の面積=x(1-y)P
  緑の三角形の面積=xyP
となる*2。)


通常の余剰分析ならばそこで話が終わるのだが、リー=サエズの場合は、昨日のエントリの脚注で紹介したように、仕事の選択をモデルに組み込んでいる。具体的には、低熟練=低賃金労働市場と高熟練=高賃金労働市場の2つがあり、最低賃金の上昇は高賃金労働者の犠牲によって賄われるとされている。それぞれの労働者が1ドルを追加的に得た場合の社会的厚生関数への寄与はg1とg2というパラメータで表わされており、社会的厚生関数の導出の際に積分される関数の凹性から*3、低賃金労働者の方がそのパラメータが高い、即ちg1>g2と仮定されている。そのため、最低賃金の導入によって労働者の余剰は、生産者の余剰を犠牲にすることなく、
  (g1−g2)×dw1×(h*1+dh1
だけ増加する。
この増加分に含まれる微小項目はdw1一つなのに対し、死荷重による総余剰の減少は二つの微小項目dw1とdh1の積になっている。従って、増加分が減少分を上回る、というのがリー=サエズの論文のロジックである。

*1:なお、効率的割り当ての問題に関連する日本語論文として、昨日こちらの論文を見つけた。例えば図1-3を参照。

*2:ここで赤の四角形の面積は小生の以前のエントリで「最低賃金引き上げの期待利益」と書いたものに相当するが、緑の三角形の面積は同エントリの「最低賃金引き上げの期待損失」にxを掛けたものとなる。そのエントリにおいて小生はあくまでも労働者の観点から得失を論じているので、「最低賃金引き上げの期待損失」はそのまま、失業のお蔭で生産者が払わなくて済む分になり、社会的総余剰を考えた場合には差し引きゼロとなる。従って、「最低賃金引き上げの期待損失」と死荷重の間には(前者にxを掛けると後者になるという数学的な関係は成立するものの)直接的な関係は存在しない。

*3:論文によると、その関数は貨幣で測った個人の効用を引数としており、凹性は、個人の限界効用逓減、もしくは、社会の再配分に関する選好を表わしている、との由。