政府債務の算術

最近3箇所のブログで政府債務に関する簡単な計算を行っているのを目にしたので、メモ代わりに簡単にまとめておく。

クルーグマン

現在の米国の債務の対GDP比率は75%であり、次年度の財政赤字の対GDP比率は7.5%となる。また、名目成長率は4%が見込まれる。
今、GDPをY、債務をDと表記すると、

\Delta({\frac{D}{Y}})=\frac{\Delta{D}}{Y}-\frac{D\Delta{Y}}{Y^2}

において、右辺第一項はΔD/Y=7.5%、右辺第二項はD/Y=75%とΔY/Y=4%を掛け合わせたものだから3%。従って、Δ(D/Y)=7.5%−3%=4.5%となる。


また、このGDP比4.5%の債務増分がもたらす金利負担は、金利を2%とすれば、GDP比にして0.045×0.02×100=0.09%であり、1%の1/10にも満たない。


従って、次年度の財政赤字について大騒ぎするには及ばない、というのがクルーグマンの主張である。


カール・スミス

上式でΔ(D/Y)=0となる定常状態を考える。その時、
\frac{D}{Y}=\frac{\frac{\Delta{D}}{Y}}{\frac{\Delta{Y}}{Y}}
となる。すなわち、定常状態の債務のGDP比率は、財政赤字GDP比率を名目成長率で割ったものに等しい。

ガイトナー財政赤字GDP比率を3%とすることを望んでいる。米国の長期名目成長率を5%とすれば、定常状態の債務のGDP比率は60%となる。


ちなみにクルーグマンの数値例をこれに当てはめると、均衡債務比率は、7.5/4=187.5%となる(もちろん、クルーグマンとしては、この7.5%の水準が永続することは想定していないだろうから、こうした計算には異議を唱えるだろうが)。



ここで両者の考え方を比較してみると、クルーグマンは取りあえず単年度の赤字のみ論じているため、金利を考慮したとしても影響が無いと結論付けている。スミスは長期均衡を考えているが、金利を無視している。
そこで、金利を考慮した上で長期の均衡を考えると、
\frac{D}{Y}=\frac{\frac{\Delta{D}}{Y}}{\frac{\Delta{Y}}{Y}-r}
となる(rは金利*1
これにクルーグマンの数値例を当てはめると、均衡債務比率は、7.5/(4−2)=375%となる。また、スミスの数値例にクルーグマン金利2%を組み合わせて上式を適用すると、均衡債務比率は、3/(5−2)=100%となる。



一方、金利を考慮した上で、緊縮財政の悪影響を計算してみせたのがデロングである。

デロング*2

限界税率をt、金利をr、名目GDP成長率をn、財政乗数をm、緊縮財政によるGDP低下のうち恒久的なものになってしまう割合をsとすると、1ドルの緊縮財政による税収への悪影響は
  tms
となる。
一方、1ドルの緊縮財政による金利支払いの節約分は、
  (1-mt)(r-g)
である(1ドル支出を削減したつもりでも、その支出削減によるGDPの落ち込みで削減効果が減殺される。また、対GDP比率ベースで考えているので、金利から成長率を差し引いている*3)。
前者が後者よりも大きくなる条件は、
  tms > (1-mt)(r-g)
である。ここでデロングはmtを0.5、rを2%未満と考えている。そうすると、この不等式は
  0.5s > 0.5(2%-g)
より
  s + g > 2%
に帰着する。つまり、長期的成長率と恒久的な生産の低下(構造的なものに転化した失業率上昇分と読み替えても良い)の和が2%を超えているならば、財政拡張策が良いことになる。長期的成長率はおよそ3%なので、これは明らかに満たされている、というのがデロングの主張である。

*1:このエントリの(3)式でT→∞としたものに相当。

*2:このエントリはクルーグマンの上記エントリを受けたものだが、ロジックの説明としては1週間前のこちらのエントリの方が詳しい。

*3:正確には成長率に債務のGDP比率を掛けたものを差し引いていると考えるべきかもしれない。上式参照。