日本の神話

Centre for European Policy StudiesDaniel Gros*1が「日本の神話(The Japan Myth)」と題したProject Syndicateコラムを書いているEconomist's View経由)。


そこで彼は21世紀の最初の10年を振り返り、言われているほど日本経済は悪くなかった、として以下の数字を挙げている。

  • 過去10年の年率成長率は米国1.7%に対し日本は0.6%に留まった。しかし、ドイツも日本と同じ0.6%だったし、イタリアはもっと悪く、0.2%だった。ヨーロッパの主要国では、フランスとスペインのみ上回った。
  • また、先進国同士を比較する場合は、GDP全体の成長率ではなく、一人当たりGDPの成長率でもなく、生産年齢人口当たりのGDP成長率を使うのが良い。潜在生産力を表わすのは生産年齢人口だからである。その指標で見た場合、過去10年間の日本の成長率は米国も欧州主要国も上回る。米国はGDP成長率で日本を約1%上回っていたが、生産年齢人口の成長率では1.5%以上上回るからである(米国の生産年齢人口は0.8%伸びたのに対し、日本はほぼ同率縮小した)。
  • 日本が潜在生産性をフルに発揮していることを示すもう一つの指標は、過去10年間、失業率が概ね一定に留まってきたことである。対照的に、米国の失業率はほぼ倍増して10%に近づいている。

その上で、Grosは、日本の過去10年間の低成長は人口動態的な要因によるものであり、マクロ経済政策の積極性が不足していたためではない、と結論付けている。そして、他の先進国も人口に関して同様の問題を抱えているので、やはり今後の低成長は避けられない、と主張している。


以前レベッカワイルダーが実質GDPを雇用人口で割って簡易的に計算した生産性の成長率を紹介したことがあったが、上記のGrosの考えも基本的には同様の発想に基づいている。こうした人口動態的な要因がどこまで重要かは昨今の日本でも良く議論されるところであるが、小生は個人的には、上記のGrosのような捉え方は少し運命論的に過ぎるのではないか、と考えている(ワイルダーもそのきらいがあるが、ただし彼女はGrosとは違い、上記の10/20エントリで紹介した通り、マクロ経済政策の影響も重視している)*2


また、こうした議論でもう一つ注意すべき点は、Grosのように過去10年間のトレンドを出されると、ついそれが中長期的な傾向であるような気にさせられるが、決してそうではない、という点である。10/20エントリでも、ワイルダーが1999-2010年の平均所得の伸びが日米であまり変わらないと記述したのに対し、計測期間を2年延ばすだけで結果が大きく変わることを指摘した。今回も、OECDのデータを用いて少し計算してみると、Grosの言う傾向が必ずしも安定的なものではないことがわかる*3
即ち、OECDデータで1999-2009年の実質GDP/生産年齢人口の成長率を計算すると、確かに米国0.67%に対し日本が1.34%とちょうど倍の値を示している。しかし、期間を2年延長して1997-2009年について同成長率を計算すると、米国1.09%に対し日本が0.95%となり、米国の方が上回っている。

さらに、両国の実質GDP/生産年齢人口の10年間の成長率(年率)を移動平均的に描画してみると、以下のようになる。

このように、直近10年間の成長率と言えども2,3年の間に半減したりするので、安定性という点では到底当てにならないことが分かる。

ちなみに分子の実質GDPと分母の生産年齢人口の10年間成長率を同様に描画してみたのが以下の2つの図である。

生産年齢人口の10年成長率はまだ滑らかに動いているが、実質GDPの10年成長率は変化が急激であることが読み取れる。それが実質GDP/生産年齢人口の成長率の不安定性を生み出しているわけである。このことも、生産年齢人口だけで経済成長率を論じることの危険性を示す傍証になっていると思われる。

また、実質GDP/生産年齢人口の成長率の折れ線グラフに、実質GDPの成長率を棒グラフの形で重ね合わせてみたのが下図である(両者の差が生産年齢人口の成長率ということになる)。

直近の実質GDP/生産年齢人口の10年間成長率において日本が米国を上回っているのは、日本の生産年齢人口減少もさることながら、米国の経済成長率の低下の影響が大きいことが分かる。米国の人口は増加を続けているので、この低下はもちろん生産年齢人口の動向では説明できず、今般の金融危機によるものに他ならない。

*1:経済記者のDaniel Grossとは別人(苗字のスペルも違う)。

*2:ただ、1/3エントリで批判した通り、ディーン・ベーカーのようにあまりに軽視し過ぎるのもいかがなものかな、とも思っている。

*3:以下では、実質GDPは[National Accounts]-[Annual National Accounts]-[Main Aggregates]-[1. Gross domestic product]の「National currency, constant prices, national base year」を用いた。生産年齢人口は、[General Statistics]-[Country statistical profiles 2010]の「Total population」から「Dependent population」の比率を差し引いて求めた。なお、この定義だと通常使われる15-65歳の人口になるが、Grosは20-60歳の人口を用いたとのことである。