ジャパニーズホラーをデフレートする

というエントリをディーン・ベーカーが書いている。といっても、もちろんザ・リングを嚆矢とするJホラーの流行に焦点を当てたわけではなく、バブル崩壊後の日本を扱った10/17NYT記事が悲観的に過ぎる、という主旨である。


ベーカーのエントリの概略は以下の通り。

  • NYT記事の内容とは逆に、日本は1990年に比べて豊かになっている。IMFデータによれば、一人当たり所得は1990年より16.4%多い。英国の21.5%や米国の36.6%の伸びに比べれば低いが*1、生活水準の相当の向上であることには変わりない。しかも、その間、日本の労働時間は減少している。
  • NYT記事の最大の欠点は、デフレの害を強調しすぎていること。確かに過去20年間日本はデフレに苦しんだが、価格下落の程度は非常に緩やかなものだった。下落率が1.0%を超えたのは2009年だけ(ただし今年も1.0%を超えると予想されているが)。
  • 経済において物価が0.5%下落しているか0.5%上昇しているかには大した差は無い。物価が下落しているから人々が買い控えている、と考えるのは愚かというもの。0.5%の下落は、800ドルの冷蔵庫について1年間待つことによって4ドル節約できるに過ぎない。高額商品について、この程度の節約が大きな影響を与えるとは考えにくいし、食料品や衣料品といった日用品に影響を与えるとも思われない。
  • 問題は、日本のインフレ率が単に低すぎること。その意味で、確かに0.5%のデフレは0.5%のインフレより悪いが、同様に、0.5%のインフレは1.5%のインフレより悪い。低いインフレ率は、正負に関わらず、深刻な不況期における望ましい水準に比べて実質金利を高止まりさせる。また、住宅バブルによって遺された負債の負担をインフレで軽減することを妨げる。
  • 上述の点は重要。米国において、インフレ率が実際にマイナスになってデフレに転じることによって初めて低インフレ率の害が現われる、と考えている人が多い。しかし、そうではない。今の米国のインフレ率は、既に経済成長を妨げる水準まで低下している。さらなる低下は事態を一層悪化させるが、ゼロを割り込むこと自体には意味は無い。
  • なお、NYT記事は、日本の出生率の低さが問題だとも指摘している。しかし、そもそも日本は人口密度の極めて高い国であり、それによって住宅価格も高くなっている。もし人口が減少すれば、住宅価格は低下する(これは「需要と供給」と呼ばれる経済学の洗練された概念である)。人口の減少は温暖化ガスの排出を減らすので、地球の将来を気に掛ける人から見ても良いニュースである。以上から、低い出生率は、むしろ日本の将来にとって明るい材料である。

*1:[追記]ベーカーのリンクしたIMFデータから計算すると、英国の伸び率が36.6%で、米国の伸び率は34.3%になっている。