米国債を売るべきか?

本石町日記さんのツイート経由で知ったが、復興財源に外貨準備を活用せよ、そのために(外貨準備の大宗を占める)米国債を売れ、という議論が盛り上がっているらしい。調べて見ると、そもそもの発端はカーメン&ビンセントのラインハート夫妻の3/24FT論説のようだ。


本石町日記さんがリンクしている切込隊長さんのブログエントリでは、こうした議論の問題点として以下の2点を挙げている。

  • 外貨準備は、別に我が国の金融資産が積み上がってるわけではなく、国債と両建てになってるのだから、米国債を売っても我が国の国債が償還されるだけの話。
  • 米国債を売ったら猛烈な円高になってしまう。


一方、カーメン・ラインハートに対するインタビュー記事が、実際にインタビューを行った記者のブログに掲載されているが、そこでカーメンは上記の懸念について以下のように述べている。

  • 外貨準備の問題は米ドルを購入するために短期証券を発行して円を再び市場から吸い上げている点だ*1。債務国の日本に必要なのはインフレ期待。折角マネーを調達する余力があるのなら、調達したお金を低金利の米ドル債ではなく、復興目的でもいいからよりリターンの高い事業に投資するべきだ。
  • 外貨準備を減らせば円高になるというが、米国債は売買が活発で、時間をかければ処分しやすい*2

実は前者の論点については、切込隊長さんも次のように書いている。

我が国の保有している米国債は、負債の裏づけとなってる資産では一応はあるので、米国債に投資せずにもう少し有効に活用する方法ねえのかよという話になって、なので麻生政権時代に外貨準備を一部取り崩してIMFに10兆円出資した事例が出てくるわけであります。

ラインハートはその「有効に活用する方法」として復興事業を提案しているわけだ。


また、後者の米国債の処分方法について、より具体的に

現在ある外貨準備は、放っておけば、保有する米国債の約7割が5年以内に償還期を迎える。償還ごとに徐々に円に交換していけば外貨準備は最後にはゼロになる。それで構わないだろう。

と論じたのが高橋洋一氏である。ラインハートは、インタビューの中で「外貨準備を心配すべき国は固定相場制で対外純債務を抱える国だが、貯蓄超過の日本はまったくの逆」とも述べているが、高橋氏はその議論を極端にまで推し進めて、外貨準備をゼロにしても構わない、とまで言い切っているわけだ。これに対して切込隊長さんは

極論としては分かるんですが、現実には結構ヘンな話ですねえ、いつまでも未来永劫変動相場制であり続ける可能性がどれだけあんのかという話ですから。ちょっとずつ償還すればいいだろ、って5年にしたって一日あたり確実に1,200億円の円高圧力が確定してて、さらに介入したときには「いってこい」になるわけですから手続き論としても政策論としても杜撰です。

と疑問を呈している。



なお、カーメン・ラインハートと言えばケネス・ロゴフとの近著「This Time Is Different」が有名であるが、そのロゴフが奇しくもやはり米国債売却問題を巡ってディーン・ベーカーに噛み付かれている*3。といっても、ベーカーの批判対象となったNYT論説でロゴフは別に日本について論じたわけではなく、そもそも米国債について論じたわけでもない。IMFの次期専務理事について論じた中で、さらっと「loans from emerging economies are keeping the debt-challenged United States economy on life support(新興国からの貸付が債務問題を抱える米国の生命維持装置となっている)」と書いたのがベーカーの目に留まってしまった、ということのようである。
ベーカーはこのロゴフの一文に対し以下のように反論している*4

  • 新興国が米国への貸付をやめたら、以下の2つのことが起きる:
    1. 米国の金利が上昇
    2. ドルが急落
  • 金利が上昇するにしても、米国債は世界で最も安全な資産であり続けるので、上昇幅は限られるだろう。また、もし急上昇したとすれば、FRBがQE3で国債を大量に購入すれば良い。現在の米国の過剰供給能力と高失業率を考えれば、それがインフレにつながる懸念は乏しいし、また、仮にインフレ傾向が生じるにしても、そのことはむしろ望ましいとロゴフ自身が少し前に論じていた*5
  • ドル下落はそもそもオバマ・ブッシュ両政権に亘って米国が中国に要求してきたことであり、貿易赤字の減少のために不可欠のことである。貿易赤字財政赤字と会計的恒等式で結び付いているので、財政赤字に文句を付けるならば*6、むしろドル下落を要求すべき。その点では、新興国が貸付を停止してくれた方がむしろありがたい。

*1:ただし3/24FT論説では単純に「Relying less on debt will reassure both Japanese households, whose savings already fund most of the government, and global investors.」と書いており、その時点では(切込隊長さんが批判するように)日本の保有米国債と政府債務との両建ての関係をきちんと考慮していなかったようにも見える。

*2:3/24FT論説では「Rebuilding will provide a spur to spending that can offset potential yen appreciation.(復興のための支出が円高の悪影響を相殺し得る)」とも書いている。

*3:こちらの一件にも本石町日記さんが反応している

*4:ここでのベーカーの指摘は、以前紹介したRoweの議論と共通している。

*5:ちなみにここでベーカーがリンクしているのと同じブルームバーグ記事をクルーグマン6/6ブログエントリ邦訳)でリンクし、その後ロゴフ(とマンキュー)は怒号に曝されて黙り込んでしまった(they were shouted down)、と皮肉っている。

*6:ベーカーは「deficit whiner」と表現しているが、前述の共著で政府債務問題を声高に指摘したロゴフを暗に指しているようにも思われる。