個人主義の強い国ほど経済成長率が高い

という研究結果がVOXEUで報告されていた。著者はUCバークレーのYuriy GorodnichenkoとGérard Roland


そこでは以下の2つの図が提示されている。

横軸はいずれの図もホフステッドによって開発された個人主義の指標*1であり、縦軸は最初の図が一人当たりGDPの対数値、2番目の図が100万人当たりの特許件数である。


これを見ると、確かに個人主義の度合いが強いほど経済のパフォーマンスが良い。Gorodnichenko=Rolandによれば、 個人主義指標が1標準偏差(これはベネズエラギリシャとブラジルやルクセンブルクとの差に相当する)高くなると、所得が60〜87%高くなるという。


我が日本を見てみると、集団主義的と良く言われる割には、ホフスタッドの指標では概ね全体の真ん中に位置している。そして、いずれの図でも、回帰線で予測されるよりも上に来ている(特に人口当たり特許件数では全体で最も高い)。


なお、ホフスタッドの指標を紹介したこちらのブログでは

日本は集団主義が強いのかと思いきやそうでもなく大体両極の中間に位置しております。またホフステッドによるば、この個人主義的傾向は、国の豊かさと正の相関関係にあるといいます。つまりこれから日本が豊かになればより個人主義傾向になっていくということです。

と記述されており、ホフステッド自身は経済成長から個人主義度への因果関係も想定したようである。
Gorodnichenko=Rolandもその逆の因果関係の可能性は考慮しており、それを確認するために操作変数を用いた回帰も実施している。その際に操作変数として用いたのが、カヴァッリ=スフォルツァ(Cavalli-Sforza)*2らによる血液型分布のデータである*3。Gorodnichenko=Rolandは、そのデータを(最も個人主義的である)米国を基準とした遺伝的距離のデータに変換した上で操作変数としている。
血液型の距離が操作変数として相応しい理由として、彼らは以下の3点を挙げている。

  1. 文化と遺伝子は共に親から子に伝わるので、遺伝子データは文化の伝播を間接的に測定している。
  2. 血液型は人々の環境への適合度に関係しない中立的な遺伝的指標である。従って、血液型がある国が他の国より裕福な直接的理由になるとは考えにくい。また、遺伝的分布は概ね数千年前に決定されている。
  3. 作成した遺伝的距離の指標は個人主義の指標と相関が高いので、操作変数として極めて有効である。

この操作変数を用いた回帰では、元の回帰結果と同等の結果が得られたという。従って、逆の因果関係の可能性は否定されたとしている。また、遺伝的指標の種類や基準国を変えたり、あるいは言語的指標*4を用いた場合にも、同等の結果が得られたとのことである。


ただし、逆の因果関係を否定できたとしても、個人主義集団主義以外の要因が絡んでいる可能性もある。それを確認するため、著者たちは以下の分析も行なっている。

  • アメリカとオセアニアという植民地文化の影響を色濃く残している地域を除外しても、同様の結果が得られた。従って、植民地化という要因は排除できる。また、分析対象を個々の大陸、欧州、OECDのように限定した場合も、同様の結果が得られた。
  • 他には、制度、人的資本、文化の他の指標、地理的距離といった要因が絡んでいる可能性がある。しかし、それらの要因をコントロールした後でも、同様の結果が得られた。
  • 他の文化関係の研究でよく使用される一般的信頼(generalised trust)という指標を用いて分析したところ、有意な結果は得られなかった。


最後に著者たちは、異文化間心理学の最新の研究結果から、以下の3つを自分たちの研究を補強するものとして援用している。

  1. 集団主義は、セロトニントランスポーター遺伝子SLC6A4の5-HTTLPR多型のshort(S)対立遺伝子を持つ人々の割合が高い国で強いことが発見されている。この遺伝子は、ストレスが掛かった場合に鬱に陥る危険性を高める*5
  2. 集団主義はまた、μオピオイド受容体のA118G多型のG対立遺伝子の割合が高い国で強い。この遺伝子の持ち主は、社会的に否認されるとストレスが高まりやすい*6
  3. 集団主義は、過去に病原体の感染が広まった国、すなわち疫病の流行しやすい国で強い。

これらの変数をそれぞれ操作変数として用いた場合も、個人主義が一人当たりGDPの対数値に有意に影響することが確かめられたという。



著者たちは、マルサス的な制約が効いている静的な経済では集団主義の方が個人主義よりも有利だったかも知れないが、そのくびきが外れた現代の経済では、創意工夫が報われる個人主義の方が動的な経済発展をもたらす、と考察している。ただ、個人の得た果実が政府から没収されてしまうような制度の下では、そうした個人主義の有利さも弱められてしまうので、制度というものもやはり重要、と述べている(とは言え、金銭的な果実が没収されたとしても、社会的な地位という形の果実までは没収できないので、たとえそのような略奪的な制度の下でも、やはり個人主義の方が集団主義より有利、とも述べている)。
一方で著者たちは、この研究を文化を変えようとする政策に結びつけることには懐疑的である。文化は長い歴史を経て蓄積されたものであり、それを無理に変えようとすると破壊的な結果を招きかねない、と彼らは警告している。あくまでも自国の文化を踏まえた上で、それに合った制度を模索していくべき、というのが彼らの結論である。

*1:この指標については「ホフステッド」でぐぐると日本語の説明サイトが数多く検索されるので、そちらを参照。

*2:cf. ここ

*3:VOXEU記事では1994年と出所の年しか記されていないが、おそらく下記の本と思われる。

The History and Geography of Human Genes

The History and Geography of Human Genes

  • 作者: L. Luca Cavalli-Sforza,Paolo Menozzi,Alberto Piazza
  • 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
  • 発売日: 1994/07/05
  • メディア: ハードカバー
  • クリック: 19回
  • この商品を含むブログを見る

*4:Kashima, E and Y Kashima (1998), “Culture and language: The case of cultural dimensions and personal pronoun use”, Journal of Cross-Cultural Psychology, 29: 461-486.によると、代名詞の省略を禁じる言語ほど個人主義的であるとのこと。なお、この論文の著者は日本出身のようである(cf. ここここここ)。

*5:cf. ここここここここ、およびこの検索結果

*6:cf. ここここ(タイトルのみ[本文有料])