ロゴフ「“審判の日”は来る」

昨日紹介したクルーグマンブログのコメンターが言及したロゴフの最近の講演に関する資料をネットで探していたら、このトランスクリプトを見つけた。日付は今年の2/23になっているが、どこの講演のものかは書かれていない。また、トランスクリプトを起こしたのはブルームバーグであって、公式なものではないと書かれている。そこでさらに調べてみると、ブルームバーグこの記事日本語版)から、ロゴフ来日時の都内での講演であることが分かった*1


ただ、昨日のコメンターの言及したようなQ&Aは見当たらなかったので、残念ながらそのコメンターが出席した講演ではなかったようだ。その代わり、講演の終わりの方でロゴフがサラ・コナー張りに“審判の日”を予言しているのが面白かったので(…本当は面白がっている場合ではないが)、その部分を訳してみる。

まず、インフレについて話しましょう。日銀がデフレを脱却できない理由の一つは*2、行き過ぎを常に恐れているためだと思います。彼らは、デフレ脱却のためにはかなり劇的な手段を採る必要があるが、それは行き過ぎになる恐れがある、と考えています。それよりは現状維持が好ましい、というわけです。また、たとえ名目ベースであっても、国債金利の上昇がもたらす結果を懸念していると思われます。
一方、多くの人が、日本はそれほど悪い状況ではない、と言います。実際、多くの点でそれは当たっています。日本はこれまで事態に非常にうまく対処してきました。ただ、私がそこで注意を喚起したいのは、人生は長い、ということです。金融危機や経済の問題については、40年といったスパンで考えなくてはなりません。日本は困難を脱したなどと言うのは、冗談にもなりません。人口動態は目を覆わんばかりです。生産性の伸びも弱々しく、緩慢なものです。財政政策は制御不能です。
歴史の教えるところによれば、とにかく進み続けることは可能でしょう。天井も取りあえず見えないかもしれません。しかし、いずれは天井にぶつかるのです。日本について言えば、今は国債の大部分が基本的に国内で保有されています。95%が国内保有です。しかし、いずれ人々は引退し始めます。国債を抱え込んでいる年金基金は、現金を支払う必要に迫られることになります。人口動態はそのことを指し示しているのです。
私の友人のTaketo*3は、もう10年近く前になるでしょうか、人口動態のせいで貿易収支がいずれマイナスになるという論文を書きました。現在のコースを辿ると、その日は来ます。そしてそれが問題化しそうな時に、日本がコースからうまく逸れることができるとは考えられません。そして、その日が来たらいろんな問題が噴出するでしょう。まず確実に、増税の必要に迫られます。また、日銀には多大な圧力が掛かるでしょう。日銀は独立性を維持しなくてはなりません。しかし、そうした環境で独立性を維持するのは容易なことではないでしょう。
ここであるエピソードを紹介しましょう。IMFにいた時、私はロシアのある共和国を訪れ、そこの中央銀行総裁と面会しました。彼は、私が昔書いた論文のことを知っていました。インフレとインフレ目標政策を掲げる独立した中央銀行に関する論文です。多分、その論文について事前にブリーフィングを受けたのでしょう。彼はこう言いました。「ロゴフ教授、あなたの論文のことは聞いていますし、目も通しました。しかし、もし実際に大統領の何某が電話してきて、カネを寄越せと言ってきたら、私は具体的にどうしたら良いと思いますか?」
私が思うに、程度の差こそあれ、すべての中央銀行はこの問題に直面しています。その独立性が儚いと言う問題です。中央銀行の独立性は、2年ないし4年ベースのものに過ぎません。というのは、もしオバマ政権が8年間続くならば、FRB理事の大部分を自ら指名した者で埋めることができるからです。その日が来た時に、日銀がどれだけ独立性を保っていられるかは、ある意味において極めて重大な問題です。そして、その日は必ず来ます。

このようにロゴフは、人口の高齢化という問題を抱えた日本についてかなり突き放した見方をしている。同日のこのWSJ日本語版インタビュー記事でも、“日本の財政状況について「電車の衝突事故を待っている状態だ」との厳しい認識を示した”、“「財政再建ができなければ日銀の金融政策は効果を発揮しない」”と言った厳しい文言が並んでいる。


また、上記引用部直後のQ&Aでは、金融政策の効果に対し否定的な見方を示している。

QUESTION: If the day is coming any day, is it better to carry on for another 20 years sluggish economic growth? Or is it better to maybe take the risk and take the risk of overshooting, having hyperinflation, two or three years of misery? The current reform in Germany - we had it a couple of times last year. And after you've got an economic - well, a catharsis, which gets the economy going again.

ROGOFF: I mean, I think it would be helpful to have a higher target inflation, right? But the thought - I mean, the slow growth in Japan can't possibly stem from monetary policy. It's the demographics, certainly dealing with China. China, you know, you probably hear is an opportunity. But I think the fact is for a long time, China was a competitor. Japan had a monopoly on a certain paradigm. And China is challenge - I mean, Japan's learning, you know, to live with it. But I mean, I would list monetary policy long down on the list of ways to deal with Japan's growth problems.

(拙訳)
質問:その日がいつ来てもおかしくないのであれば、もう20年の低い経済成長を続けるのが良いのでしょうか? それとも、行き過ぎてハイパーインフレになって2、3年辛い思いをするリスクを冒すのが良いのでしょうか? ドイツの現在の改革では、そうしたリスクを冒す局面が昨年数回ありました*4。そして、いわば経済的カタルシスを経験した後に、経済がまた動き出すのではないでしょうか。
ロゴフ:高いインフレ目標を持つことは役に立つでしょうね。しかし、日本の低成長は金融政策のせいではあり得ません。問題は人口動態であり、中国なのです。中国は機会だというように聞いているかもしれません。しかし実際には、中国はこのところずっと競争相手だったと私は思います。日本はかつての枠組みにおいて独占的支配力を持っていました。しかし、中国が対処すべき相手として立ち現れ、日本はその状況に適応している過程にあります。私に言わせれば、金融政策は、日本の成長問題に対処するに当たって採るべき手段のリストの遥か下の方にあります。


ちなみに、講演の中盤では、一昨年暮れに彼がぶちあげたリフレ論について以下のように述べている。

I wrote an Op-Ed in 2008, at the end of 2008, deep in the financial crisis, talking about maybe having a bit of inflation right now would be a heck of a lot better than having deflation. And maybe the central bank should figure that out. I wasn't talking about defaulting on the debt. I wrote the first paper on central bank independence and inflation targeting more than 25 years ago. And you don't know that. But it's well known in central banking circles. And so people are like, what are you doing? You know, what are you saying we should inflate? I got these letters from central bank because I mentioned the number 6%. I said, you know, given how bad the deleveraging problem is, housing prices, we need to have something so that housing prices hit bottom, wages are downward and flexible. It'd be awfully convenient to just accidentally have inflation elevated for a few years at 6%.
I got these letters from central bankers, governors from central banks saying did you mean 3% for two years? Or did you mean 6%? But I did mean 6%. And I think that's something that, you know, whatever they say is something that's going to become very difficult as time goes on.

(拙訳)
2008年の終わり頃、金融危機が深まった時に、私は、現時点において少しばかりのインフレを経験することはデフレを経験するよりも遥かに良い、という主旨の論説を書きました。また、中央銀行はそのことを理解すべきだ、とも書きました。私は債務不履行について論じたわけではありません。私が最初に中央銀行の独立性とインフレ目標について論文を書いたのは25年以上前のことですが、多分皆さんはご存じないでしょう。しかしその論文は中銀界隈ではそれなりに知られていたので、私の論説は驚きを以って迎えられました。何を言っているのだ、我々はインフレを実施すべきとは何事か、というわけです。私が6%という数字を出したので、中銀の人々から手紙をもらいました。デレバレッジ問題や住宅価格の深刻さを考えると、住宅価格を底打ちさせ、賃金を下方に柔軟たらしめるために何かが欲しい、というのが私の考えでした。インフレ率が数年の間6%まで上昇すればちょうど好都合だ、と考えたわけです。
中銀のスタッフや総裁から貰った手紙には、3%を2年ということか、それとも6%か、と書かれていました。私は6%を意図していました。そして、彼らが何と言おうと、時間が経つにつれ、それを実現するのはどんどん難しくなると考えていました。

最後の文の訳はいまひとつ自信が無いが、もし小生の解釈通りならば、6%のインフレが実施できるタイミングはもう失われた、と言っているようにも聞こえる。その前の引用部分と考え合わせると、ロゴフは自分のリフレ論をそれこそ「撤回」して、中央銀行の独立性と構造改革を重視する、いわば昔のIMF的立場に舞い戻っているようにも見える。

*1:講演の主催者までは分からなかったが。

*2:原文は「part of the reason you don't see the Bank of Japan get out of inflation」となっているが、これはdeflationの誤りと思われる。

*3:音訳なので、具体的に誰を指すかは不明。後のQ&Aでは、外貨準備のドル以外の通貨への分散化を提言している学者として言及されている(「Why Japan doesn't move out of the dollar, I mean, just somewhat diversify more is a mystery. My friend Taketo - he's a professor here - certainly recommended that.」)ので、日本の大学教授らしい。ひょっとして、Tak Ito=伊藤隆敏氏か?

*4:このドイツの改革云々という話は正直言って良く分からない。そんな劇的な改革を実施したのか?