昨日取り上げたロゴフ都内講演トランスクリプトで、全体的な主張への違和感とは別に、少し首を傾げたところが一箇所あったので、以下に紹介する。
The Depression in World War II is that giant one there when Germany was in default. Japan was in default. Everybody was in default. And I just tell one war story from the book. When we published the data on this early on, we got lots of letters from - a complaint from around the world of particularly from government officials complaining that we were - I don't know - somehow impugning their reputation. We were saying there were defaults where there weren't and really a dozen of these. And one was from Japan. We got a letter from - I don't want to give it away - but a very, very high official in the Ministry of Finance saying dear Professors Reinhart and Rogoff, it's come to our attention that you list Japan as having defaulted on its external debt in 1942. This is wrong. Please fix it. I checked with the person who manages our debt. He says it's wrong. I checked with academic experts. They say it's wrong. I checked with our contacts at the Bank of Japan. They say it's wrong. Please fix it in your paper at that time (inaudible) became the book.
We sent back Moody's and Standard & Poor's, which were one of our sources for - these are relatively modern events. They list Japan as defaulting. So we just sent that. We said, well, what about that? And he said, well, yeah, but everybody knows that's wrong. And so then, finally, we sent him the headline from the New York Times. It's like this big, going Japan Defaults on its Debt. It's January 1942. And just to boot, we sent him from a couple years later an ad from the New York Times giving secondary prices, where you could buy it for $0.10. And you know, he finally says, well, okay, you know, maybe we did, something like that. I got that from India, Colombia, many different countries had that. But a lot of the world was in default in World War II.
(拙訳)
(債務不履行に陥った国の全世界のGDPに占める割合の時系列推移を示したグラフで)目立つのが、大恐慌と第二次世界大戦の期間です。ドイツが債務不履行(デフォルト)に陥りました。日本も債務不履行に陥りました。あちこちの国が債務不履行に陥ったのです。ここで、私の本のこのくだりに関するエピソードを一つお話しておきましょう。このデータを最初に論文で提示した時、世界中から苦情の手紙をもらいました。中でも政府官僚からの苦情が多く、なぜか良く分かりませんが、我々が彼らの評判を貶めている、ということでした。我々は実際に起きなかった債務不履行が発生したと書いた、そうした例がいくつもある、というわけです。そうした苦情の一つは、日本から来ました。名前は差し控えますが、財務省のかなりの高官が、次のように書いて来ました。「拝啓 ラインハート教授ならびにロゴフ教授。あなた方が、日本が1942年に対外債務をデフォルトした、と記述したことが我々の関心を引きました。それは間違いですので、どうぞ修正をお願いします」、と。そこで、我が国の債務の担当者に確認してみました。彼もそれは間違いだと言いました。次に、学界の専門家たちに確認してみました。彼らもそれは間違いだと言いました。それから、日銀の窓口になってくれた人たちにも確認してみました。彼らもまた、それは間違いだと言いました。論文が本になる前に修正してください、と言われました。
このデータは近現代史に属するものでしたので、ムーディーズとスタンダード&プアーズがソースの一つでした。彼らが日本を債務不履行に分類していたのです。ということで、そのムーディーズとスタンダード&プアーズの資料を相手に送りました。そして、いかがでしょうか、と訊いてみました。すると彼は、ええ、でも、皆それが間違いだということを知っていますよ、と返事してきました。そこで遂に、ニューヨークタイムズの見出し記事を彼に送ってやりました。その記事は、日本が債務をデフォルトする、とデカデカと書いていました。日付は1942年の1月でした。そして、ダメ押しとして、2年後のニューヨークタイムズの日本の国債の転売価格の広告を送りました。その価格は0.10ドルでした。それでようやく彼も折れ、まあ、そういうこともあったかもしれない、と言いました。似たような苦情が、インド、コロンビアなど、世界各国から来ました。しかし、第二次世界大戦中、多くの国が実際に債務をデフォルトしたのです。
ちなみに、ニューヨークタイムズは実際に過去の記事を検索できるが、小生が「japan default」で検索して見つることができたのは、日本とドイツの自国債券の買い取りを伝えるこの1942/6/29記事だけであった。
また、日本銀行百年史のp.251-4には、日銀信用の支えと購入強制を伴いつつも、昭和19年まで高水準の国債消化が行なわれたことが記されている。その記述を読むと、1942年にデフォルトした、というのは言い過ぎのように思われる。
なお、1942年には日銀法の改正が行なわれており、管理通貨制度に移行している。あるいはそのことを指しているのかと思ったが、日本銀行百年史のp.489には
わが国の発券制度は昭和6年(1931年)12月の金輪出再禁止・銀行券の金兌換停止、ならびに翌7年7月の銀行券保証発行限度の大幅拡張以後、事実上管理通貨制度的に運営されてきていたから、「日本銀行法」の制定は現実を法制によって追認したという面が極めて大きい。
と書かれているので、それを以ってデフォルトとするのも言い過ぎのように思われる。
ただし、日本銀行百年史のp.374には、1942年1月1日以降は政府が為替相場を公定する半面、「敵性通貨の公定相場はこれを建てない」という方針が採られたことが記述されている。ひょっとするとこれがデフォルトに分類される理由となったのかもしれない。
実際、ぐぐってみると、ロゴフはここやここで同じ話を披露しているが、それらの記事では、件の財務省高官は「我々は敵国についてだけ債務をデフォルトした」と言ったことになっている。しかし、戦争をしている時に相手に自国民を殺害するための資金を提供する国はあまり無いので、この件についてはロゴフより財務省高官の方に分があるように思われる。同時に、そうしたデフォルトも他のデフォルトと一緒くたに扱ったというのは、分析の信頼性という意味ではいかがなものか、という気がする。