実質金利均等化の意味

池田信夫氏が実質金利均等化について書いている。同様の議論は以前Baatarismさんが紹介された藤沢数希氏もしており、小生はBaatarismさんのコメント欄でそのおかしな点を指摘した。簡単に言えば、金融市場が裁定を図るのはあくまでも名目金利であり、実質金利ではない、ということである。


では、実質金利均等化を議論すること自体が無意味かと言うと、そういう訳ではない。実際、「real interest rate parity」でぐぐってみると、このテーマを扱った論文が数多く引っ掛かってくる。たとえば、(google scholarを除いて)最初に引っ掛かってくるこの論文では、様々な統計的手法を用いた検証を行い、実質金利均等化を支持する明確な傾向は観察されない、と報告している。


ここで注意すべきなのは、実質金利均等化の成立には、金融市場だけでなく財市場の統合化も前提となる点である。そのロジックを世界銀行このレポートから引用すると、以下のようになる。


国内金利をi、海外金利をi*、為替の予想変化率をepと置くと、カバーなし金利平価式(Uncovered Interest rate Parity=UIP)は以下の(1)式で表される*1
   (1) i - i* = ep
また、実質金利の差は、国内実質金利をr、海外実質金利をr*、国内予想インフレ率をp、海外予想インフレ率をp*として、以下のように表される*2
   (3) r - r* = (i - p) - (i* - p*)
もしくは
   (4) r - r* = (i - i*) - (p - p*)

(4)式右辺の第一項と第二項からepを差し引くと、次の(5)式が得られる。
   (5) r - r* = (i - i* - ep) - (p - p* - ep)
この(5)式の右辺第一項は、(1)式の金利平価式にほかならない。また第二項は、実質為替レートの予想変化率であり、購買力平価からの乖離である*3
つまり、実質金利が均等化するには、金利平価式と購買力平価式の両者が成立している必要がある。前者は金融市場に関わる式だが、後者は財市場に関わる式なので、金融市場の裁定取引だけで実質金利が均等化することはない。


なお、池尾和人氏は、twitterで「資本コストが国際的に共通化する中で、日本の資本収益率の低さをインフレ率格差で補う構造になっているといった発想」が有望である、との指摘を行なっている。その構造を(5)式に即して解釈すると、国内名目金利が海外に比べ低いために円高になり(右辺第一項)、その円高によって海外に比べインフレ率が低くなる(右辺第二項)、という図式を想定しているように思われる。これは、1/4エントリで紹介した、渡辺努氏がバラッサ=サミュエルソン効果とデフレの関係を論じた話に良く似た議論である。ただ、その紹介エントリで指摘したように、そうした議論では貨幣論的側面を軽視し過ぎているため、渡辺氏も全面的に首肯しているわけではない。また、現実に生じた円高とデフレの時期的なずれも気になるところである。さらに、前述のように実質金利均等化が実証的に確立されたわけでもないので、それを前提に組み立てる議論は、個人的にはあまり前途有望には思われないのだが…。

*1:論文では記号に時系列を表す添字tが付いているが、ここでは省略。
[追記]「金利平価式」というはてなキーワードが登録されていないようなので、Wikipediaのリンクを張っておく=日本語英語(残念ながら日本語の方にはカバーなし、カバーつきについての説明は無い)。

*2:ちなみに論文の(2)式はカバー付き金利平価式だが、ここでの議論に関係ないので省略。

*3:実質為替レートは名目為替レートを購買力平価で割ったものなので、名目為替レートが購買力平価に常に一致していれば、実質為替レートの変化はゼロになることに注意。