コント:ポール君とグレッグ君(2010年第1弾)

2010年最初の衝突は欧州と米国の比較を巡って。クルーグマンが、1/11のOp-Ed(邦訳はここここここ)で、米国が欧州から経済面で学ぶこともある、と書いたのに対し、マンキューがやんわりと皮肉った。

グレッグ君
今日のポール君の論説を読んだ人たちは、以下の数字を頭に入れておくと役に立つと思うよ。
  米国 47,440
  英国 36,358
  ドイツ 35,539
  フランス 34,205
  イタリア 30,631
  スペイン 30,589
これは、米国およびヨーロッパで最も人口の多い5カ国についてのIMF購買力平価(PPP)ベースの一人当たりGDPなんだけどね。ああ、あと、Mark PerryTino SanandajiClive Crookのエントリも参考になると思う。
ポール君*1
ヨーロッパの経済のパフォーマンスを巡る論議の行方は、2つに分かれる。一つは思いっ切り間違えた時に人が通常取る行動だ。何か細かい点をあげつらい始めて、議論を煙に巻こうとする。ここで覚えておくべきことは、社会民主主義は停滞につながるという主張があったが、それは単なる間違いだということだ*2
もう一つは、欧州では豊かな国も、一人当たりGDPで見れば米国より低いと指摘することだ。それは確かにそうだ。しかしそれについては、単なる一つの表が物語るよりももっと複雑な話が隠れている。そのことは数年前に書いたんだけどね(注:こちらのop-edについてもoptical_frogさんの素晴らしい訳が存在する)。
グレッグ君*3
まあ、医療改革法案の成立と政府規模の増大を控えていることに鑑みると、米国もどんどん西欧みたいになっていくのかもしれないね。その点については、僕のお気に入りの中級マクロ経済学の教科書からの引用が参考になると思うよ。要約すると:
1960年代には、米国と仏独の労働時間は同じくらいだった。その後、米国の労働時間はあまり変わらなかったのに対し、仏独の労働時間は減っていった。今の両者の差は、仏独の労働者が休みを多く取るようになったことと、米国の労働参加率が欧州より高いことにより生じている。後者の現象の原因は、欧州の失業率の高さと、米国に比べて人々が早く引退することだ。前者の現象の原因については、欧州での税金の高さ、欧州の方が地下経済が大きいこと、欧州での組合の強さ、国民の選好の違い、といった四つの仮説があるが、どれも決定的なものではない。その四つの合わせ技、というのが真実に近いだろう。

マンキューが触れたMark PerryとTino Sanandajiのブログエントリでは、米国の各州の一人当たりGDPランキングに欧州各国を当てはめた分析をしている。使った統計と年度によって順位に差は見られるが、Mark Perryの2008年の表によるとざっと以下のようになる。


ちなみに、こうした欧州と米国の経済の比較が話題になったのは、National AffairsでのJames Manziの論説がきっかけらしい。その数字の問題点をTNRブログの1/5エントリでJonathan Chaitが取り上げ、それをさらにクルーグマン1/9のブログエントリで取り上げたという経緯がある。


なお、タイラー・コーエンは、成長率よりも水準の方が重要、として、上記のマンキューのクルーグマン批判を支持した追記ポスト)。一方、当のクルーグマンは、ヨーロッパが大丈夫だからと言ってユーロもOKというわけではないよ、と通貨の問題に釘を刺すブログエントリを上げている


また、“ヴェブレン”君は、初のTA(Teaching Assistant)でこのテーマを取り上げたとの由。そこで彼は、平均寿命、幼児死亡率では米国は世界で30位台に位置することや、一人当たりGDPベースでも(マンキューの教科書の表では略されているが)米国はルクセンブルグノルウェーのほかシンガポールにも遅れを取っていることを示し、米国が何でも一番と信じている学生たちを諭したそうだ。さらに彼は、年間労働時間を考えれば、例えばオランダの一人当たりGDPは55,000ドルとなって米国を大きく上回ることを示したとのことである*5



[1/23追記]マシュー・イグレシアスは、19世紀時点で既に米国の一人当たりGDPが欧州を上回っていることを指摘し、両者の差が近年の経済政策の問題ではないとしている(サムナーブログ経由)。

*1:最初のアップ時にこの応答を見逃していたので、1/19追記。後述の“ヴェブレン”君やケビン・ドラムと同様の指摘をしている。

*2:ここでは後述のManziが想定されている。

*3:これも最初のアップ時には上記のポール君の応答への反応であるということを見逃していて、当初のop-edへの反応とひとまとめにしていたので、1/19に分離して加筆。

*4:Perryの表では位置が誤っている。ちなみに日本もここ。

*5:オランダの一人当たりGDP40,558ドル÷年間労働時間1309×米国の年間労働時間1777。ちなみに“ヴェブレン”君の数字によると日本の年間労働時間は1828であり、米国より3%多いので、一人当たりGDPを同様の基準で考えれば3%下がることになる(前述のPerryの表で言えば、順位を一つ落とし、下から数えて最貧州のミシシッピに次ぐ位置となる)。
なお、前述のJonathan Chaitのブログによると、ケビン・ドラムも同様のポイントを彼にeメールで指摘したとのこと。