科学と非科学の境目

先週の土曜日にたまたまTBSの報道特集NEXTを見て、昨年の筑波大学での大学教授解雇事件が問題になっていることを知った。
事の経緯は、長照二プラズマ研究センター長がフィジカル・レビュー・レターに投稿した論文に関し、データの改竄があったのではないかとの院生からの内部告発があり、筑波大学の調査の結果、不正があったと認定され、長教授が解雇されたというもの。しかし、改竄は無かったという長氏の主張に海外の同分野の研究者の多くが同意し、現在は形勢的に筑波大学が不利になっているらしい。


この件に関する筑波大学の発表資料はこちら
一方の長氏側の資料をまとめたサイトはこちら


ネット上の第三者の意見としては、このブログで以下の2サイトが紹介されている。

また、反ニセ科学活動で有名な大阪大学菊池誠氏も、今年の4/16にこの件について書いている報道特集NEXTの放送を受け、コメント欄がまた最近活況を呈している)。



以下では、小生が理解した範囲でのこの問題の論点と感想を書いてみる(あくまでも素人がざっと見た上でのまとめと意見であることは予めお断りしておく)。


研究の内容は、要は、マイクロ波を照射して加熱したらプラズマをより良く閉じ込めることができた、というものである。そのことを、3つの手法で検証している。

おそらく一番分かりやすく、かつ筑波大側からも異論が出ていないのはこの図である(原論文邦訳]の図2)。

加熱前の(a)に比べ、加熱後の(c)の方が乱流が少なくなっていることが分かる。


残りの2つの検証では、この図において目で確認できる変化を、より数理解析的な形で捉えようとしている。ただ、その数理解析手法に曖昧さがつきまとうため、今回問題になったわけだ。この分野の研究者にとってはおそらく常識化されていたデータ処理方法が、告発した大学院生、ならびに長氏をクロと断じた筑波大学の調査委員会には、不正処理として映ったようである。

ちなみに、長氏側のこの反論資料では、それらの数理解析も厳密な数値を導き出すためのものではなく、あくまでも定性的分析であることがしきりに強調されている。


その2つの解析のうちの一つが、高速フーリエ変換FFT)を用いてプラズマの乱流を周波数成分に分解し、特定の場所の乱流が加熱によって抑えられていることを示したグラフである(論文の図3)。長氏側の資料によると、こうした分析においてはどうしても不定性が入ってきてしまうため(そのことは数学的に証明されているとの由)、どこを零点にするかというオフセット値を決めてやる必要がある。その決め方が恣意的で問題がある、というのが筑波大側の指摘である。


そしてもう一つが、以下のデータ分布図から関数を求める方法である(経済学で言えばカリブレーションということになろうか)。これは筑波大側がサマリ的な説明資料でも象徴的事例として記載したものであり、上記の「日々是好日」氏や菊池氏も問題視した手法である。


●元データ

●上のデータから回帰曲線を導出
 ・・・横軸の各Eiについて縦軸のデータの平均値(緑四角)を求め、水色の回帰曲線を求める

こうして求めた回帰曲線の屈曲点がプラズマ電位φcであり、各プラズマ半径rcについてこのようにφcを“測定”している。その結果、rcとφcの関係を示すグラフが得られるが、それが加熱前と加熱後で変化していることを示したのが論文の図1である。


個人的な感想を述べると、確かに元データから上図のように回帰曲線を求めるのは、一見無理があるように思われる。しかし、経済の分析においても、このような一見無秩序な散布図で回帰直線を引き、回帰係数のt値が2を超えた、だから両者の関係は有意だ、という分析は良く行なわれるところである。
長氏にとって不幸だったのは、この場合の分析は、そのような確立された手法に頼ることができず(もしそのような確立された回帰手法の範疇で分析を進めていれば、筑波大側も異論を挟む余地は無かっただろう)、自分でデータ解析手法を編み出さなくてはならなかった点にある。計量経済分析や経済の予測作業においては、細かいデータのハンドリングはサイエンスというよりアートになると言われるが、そのことは、このような物理学の研究においても実は当てはまる話だった、ということになろうか。
考えてみれば、そのような状況になるのは、データのばらつきが非常に大きいことによる。経済のデータの誤差が大きいのは周知の事実だが、それに比べれば綺麗と思われがちな物理学の実験データも、実はこのように非常に“汚い”ケースがあったわけだ。


それで思い出したのが、大学時代、物理を専攻していた友人が、CERNなどでの新粒子の発見では、実際に発見したかどうかを投票で決める場合もあるそうだ、と失望感を露わにして語っていたことである。その場合も、やはり測定結果のノイズが大きいので、誰の目にも明らか、というわけにはいかず、そのような決定方法を取るのだろう。
また、有名な話だが、小柴昌俊氏にノーベル賞をもたらしたニュートリノも、たかだか11個に過ぎない(グラフ)。素人目には、ただのノイズでないとどうして言えるの?と疑問を呈したくなる個数である。


なお、「日々是好日」氏は、上図の分析について、これだけノイズが多ければ測定の回数を幾重にも重ねるべきではないか、それを怠ったのが敗因ではないか、と指摘している。ただ、皮肉なことに、筑波大と長氏側のもう一つの論点、即ち、データの測定サンプルを入れ替えても結果があまり変わらなかったこと、および、中間の分析データが無くなってもφc−rcの図が僅かな誤差で再現できたことが、期せずしてその点に関する反論になっているようにも思われる。