文藝春秋の2009年3月号で野口悠紀雄氏が以下のように書いている。
そもそも、90年代まで日本の実質GDPに純輸出が占める割合はおおよそ1%程度だった。それが2007年には5%にまで膨らんでいる。日本経済がこれほど外需依存になったのは、2002年以降のことである。
この輸出依存を加速したのが、2003年から2004年にかけて、財務省が行なった為替介入である。
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しかし、財務省が大規模な為替介入を行なったために、当然起きるはずの円高が起きず、円安バブルは膨らみ続けた。それがアメリカの住宅バブルに連動し、今回の世界金融危機に至ったのである。
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こうして見てくると、日本はバブルの共犯者どころか、主犯の一人ではないか、とすら思えてくる。
ここでもまた経済自虐史観が繰り返されている。
また、財務省の大規模な為替介入が円安をもたらすどころか円高を緩和するのに精一杯だったこと、そのため輸出促進につながらなかったことも、データをちょっと良く見れば分かることなのに、野口氏は上記の叙述を行う際にその努力を怠ったように思われる。
データを無視した記述の極めつけは、純輸出のくだりである*1。確かに2007年度に、純輸出の実質GDP比率は5%に達した。しかし、90年代まで1%程度だったというのは、以下の年度ベースのグラフ*2から明らかな通り、正しい表現ではない。
1970年代まではほぼマイナスで、1980年代以降プラスに転じ、1985年度には4%を超えている。その後、1990年代は、1%と2%の間を行ったり来たりしている。
しかし、野口氏の最大の過ちは、2007年になぜこの比率が5%に達したか、その原因を見誤った点にある。それを確認するため、今度は名目ベースの比率の推移を見てみよう。
これから明らかな通り、実質ベースと名目ベースでは随分動きが違う。名目ベースでは、2000年代も1990年代以前に比べ特段に高いとは言えず、2007年度も1.5%程度に留まっている。
なぜこうした差が生じたのだろうか? その理由を探るため、名目と実質の輸出入の実額、および各デフレータの動きを見てみよう。
年度 | 実質輸出 | 実質輸入 | 名目輸出 | 名目輸入 | 輸出デフレータ | 輸入デフレータ | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
2001 | 50,996.20 | 47,397.30 | 52,272.50 | 48,403.30 | 102.5 | 102.1 | |
2002 | 56,854.40 | 49,678.20 | 56,679.00 | 50,482.00 | 99.7 | 101.6 | |
2003 | 62,439.00 | 51,173.90 | 60,375.70 | 51,180.50 | 96.7 | 100 | |
2004 | 69,572.20 | 55,499.70 | 67,038.70 | 58,109.30 | 96.4 | 104.7 | |
2005 | 75,823.70 | 58,758.60 | 74,902.10 | 68,400.10 | 98.8 | 116.4 | |
2006 | 82,136.50 | 60,566.20 | 83,889.40 | 76,755.90 | 102.1 | 126.7 | |
2007 | 89,793.60 | 61,645.10 | 92,221.70 | 84,217.80 | 102.7 | 136.6 |
(輸出入の単位は10億円)
この表を見ると、2000年代に純輸出の名目と実質が乖離した理由は一目瞭然である。輸入デフレータの上昇により、実質輸入が抑えられたためである。輸出のデフレータの動きは、輸入のそれに比べれば小幅なものに過ぎない。
では、なぜこの時期に輸入デフレータが上昇したのだろうか? その答えは、ネット上で簡単に見つけることができる――例えば、内閣府や日本経済研究センターの分析にその答えが示されている。つまり、エネルギーなどの資源価格の高騰が原因である。
ちなみに、それら内閣府や日本経済研究センターの分析では、同時期の輸出デフレータの下落が円高(!)によってもたらされたことも合わせて示されている。参考までに、上記のデフレータを為替レートと原油価格と共にプロットしたグラフを示しておく*3。
輸入デフレータと原油価格が軌を一にして上昇していること、および輸出デフレータと為替レートの動きに何となく関連がありそうなことが、このグラフからも伺える。
日本経済研究センターの分析では、こうした交易条件の悪化により、海外に所得が流出したことが指摘されている。これは、政府の手助けにより輸出が伸びた、という野口氏の描写とはおよそ逆である。
なお、(純輸出でない)グロスの輸出の対GDP比率が15%に達したこと自体が問題だ、という反論があるかもしれない。それについては、まず、実質ベースで輸出比率を見ようとすると、SNAの基準年度によって大きく値がぶれることに注意する必要がある。たとえば、1990年基準のSNA参考系列では、2000年度にも輸出比率が15%に達している(1995年基準と2000年基準では、同比率は11%前後である)。そうしてみると、輸出比率を議論する場合、名目値で見る方が安定性という意味で安全、と言えるだろう。
下記は、上の名目値の純輸出比率グラフに、輸出比率と輸入比率の棒グラフを付け加えたものである。これを見ると、確かにここ2年の輸出比率は過去最高水準に達していることが分かる。だが一方で、80年代半ばも15%前後と現在に近い水準に達しており、この比率だけを見ても、最近急に日本が外需依存型になった、という野口氏の言説を裏付けることはやはりできない。