ニッポンの不況は(Wow×4)米国が羨む(Yeah×4)

この記事を読んでいたら自然にタイトルのフレーズが浮かんだ*1

Get Shovel, Dig Deeper, by Tim Duy: The US is not Japan.


I realize, however, that whenever I suggest this, I am viewed as downplaying the seriousness of the economic situation. That is not my intention – I simply think you need to break with the Japan framework to interpret the seemingly discordant nature of the data flow. Japan’s travails could be understood in terms of a simple closed-economy Keynesian framework, with an excess of domestic savings over investment. The current US situation requires a more comprehensive framework that includes analysis of massive capital inflows.


Indeed, in my opinion, the US can only wish it were Japan.

(拙訳)米国は日本では無い。
こう言うたびに、現在の経済状況の深刻さを軽く見ている、と言われる。それは私の真意ではない。単に、データの示す状況が本質的にそぐわないので、日本を分析した枠組みから離れるべきだ、と言っているのだ。日本の問題は、単純な閉鎖経済のケインズ経済学の枠組み、つまり投資に対する貯蓄超過、で理解できた。現在の米国の状況は、大量の資本流入を考慮したより包括的な枠組みで考える必要がある。

実際のところ、個人的には、米国が日本と同じだったら良かったのに、と思う。


...Take note of this milestone; US authorities effectively are ceding policy independence. To be sure, just a bit – a bailout of the mortgage behemoths was inevitable given the implicit Federal guarantee. Still, for all the humiliation heaped upon Japanese policymakers over the past decade by their American counterparts, who confidently and smugly offered economic “advice,” I never recall Japan’s officials having to bow to the will of their external creditors. This of course, is the benefit of being a creditor nation – Japan ran a current account surplus throughout the lost decade, leaving policymakers able to finance spending entirely from domestic resources. Arguably they could have done more, faster, as the resources were available, but that is their lesson, not ours.


No, the US is not Japan. But there is a list of nations that have had to go, hat in hands, to their creditors – Indonesia, South Korea, Thailand, Russia, Brazil, etc. The US had already implicitly joined that list, but now joins explicitly.

(拙訳)[米財務省高官がファニーメイフレディマックの救済に際し海外の中央銀行やSWFに電話して理解を求めたという報道や、世界の中央銀行からの圧力が財務省の決断に影響したという観測について*2]これは注目すべき画期的な出来事だ。米国政府は事実上政策の独立性を譲歩したのだ。確かに、それはわずかな譲歩だ。住宅ローンの巨大企業の救済は、暗黙の政府保証を考えれば、不可避ではあった。しかし、過去10年間、日本政府の政策担当者は、自信満々で気取った米国政府の担当者から経済上の「助言」をたっぷりと与えられる、という屈辱を味わったが、私が記憶する限り、日本の当局者が海外の債権者に頭を下げるということはついぞ無かった。それもそのはずで、債権国でいることの恩恵はそういうものだ。日本は失われた10年の間経常黒字を計上し続け、政策担当者に国内資金だけで支出を賄う余地を与えた。せっかく資金があったのだからもっと十分かつ素早く活用できたはずだ、というところは間違いないが、それは彼等にとっての教訓であり、我々のではない。


そう、米国と日本は違う。帽子を持って債権者を回らなければならかった国々は、他にいる――インドネシア、韓国、タイ、ロシア、ブラジル、等々。米国はこれまでも暗黙のうちにそのリストに加わっていたが、今回、明確に加わることになった。


And we can learn a lesson from the early stages of the Asian financial crisis, when governments were encouraged to cut budgets regardless of the domestic costs. Policy should cushion the downside, easing the structural transition to economy not dependent upon foreign official financing, but with the adjustment always in mind. Instead, policy lurches from one open-ended commitment to the next, a desperate attempt to maintain the status quo, without an endgame that addresses the underlying challenges of the US economy. Maintaining the illusion that the US is like Japan allows policymakers the freedom of this approach, as the problem is simply one of too little demand, rather than too much demand relative to resources.

(拙訳)我々はアジア金融危機の初期段階から教訓を学ぶことが出来る。その時政府は、国内事情に関係無く、財政を切り詰めることを勧告された。海外からの公的資金に頼らない経済構造に変えていく過程で発生する痛みについては政策による手当てが必要だが、改革から目を背けてはならないはずだ。しかし、現在の政府の方針は、現状を必死に維持しようとしてあれこれ政策を打ち出しているが、米国経済の根本問題に目を向けていない。米国と日本が同じであるという幻想は、問題は単なる過小需要であって過大需要ではないと思い込むことによって、政策担当者にこのような手法を取る余地を与えてしまう。

Economist's View: Fed Watch: Get Shovel, Dig Deeper


米国の双子の赤字が問題になった80年代以来、債務国であることの問題がいつかは出てくるだろう、ということが囁かれ続けてきた一方、いや、唯一の超大国で世界最強の軍事力と基軸通貨を持ち、人材を世界から引き寄せ続ける自由経済と民主主義の体制を誇る国は、海外からの投資を受け入れ続けても問題ないんだ、という主張も根強くされてきた。しかし、その強大な軍事力がイラクで泥沼にはまり、基軸通貨の地位はユーロの出現で脅かされ*3911後は移民への規制強化が進んだ上にご自慢の民主主義も怪しくなってきた。そこへサブプライムローン問題が起きたので、ついに債務国であることの弱点が顕在化しはじめたということか。


だが、Duy氏の主張するように米国が構造改革に努めて経常赤字を解消したら、世界全体では需要不足に陥ってしまうだろう*4。アジア危機後、海外資金に懲りた東アジア各国が貯蓄超過になるよう勤しんだ時には、米国がその余剰資金の受け皿になったが、その米国が貯蓄超過に転じたら今度は受け皿がない――中国やインドはその穴を埋めるにはまだ力不足と思われる。
その時は現在のグローバリズムも終わりを告げる、とまでは行かないまでも、変質せざるを得ないだろう。


なお、タイトルの「Get Shovel, Dig Deeper」は、本質的な問題から目を逸らし、取りあえずケインズ的な財政政策を取ろうとしている米政府への皮肉が込められている。
また、米国が日本型不況に陥る危険性をかねてから指摘していた代表的な経済学者にクルーグマンがいる。たとえば最近のNYタイムズのコラム*5でも、自分とバーナンキが以前からそれを懸念していた点を強調している。実際、6年前のこのコラムでは、米国が日本型不況に陥らない4つの理由(金融緩和余地、財政出動余地、企業統治、不動産バブルの未発生)を挙げ、今や3つ駄目になってしまい、4つ目も危うくなっている、と論じている。その最後の砦だった不動産バブルも結局発生してしまった後に崩壊し、その上さらにDuy氏の指摘する海外債務の問題*6がのしかかっているわけだ。

*1:元ネタは9年前の9月9日に発売されたこの曲

*2:このあたりの関連記事は極東ブログの昨日のエントリに詳しい。

*3:クルーグマンはそれは大した問題ではないと言っているが、一方で、当のクルーグマンが対外債務がドル建てであることのメリットを説いていたりする。同じ8年前のこの記事では今日の事態を予見していたかのように、経常赤字が維持できなくなった場合のドル暴落と資金流出を懸念しているが、債務がドル建てか否かでその被害の程度が変わってくるのは自明だろう。

*4:だからこそクルーグマンも、先の脚注で触れた2000年3月のコラムで、今のところは経常赤字は米国経済にとって良いこと、と評価している。本ブログのこのエントリも参照。また、池田信夫氏の今日のエントリのグラフが視覚的に分かりやすい。

*5:冒頭の一文「Save the home lenders, save the world?」はこのドラマのフレーズ「Save the cheerleader, save the world.」のもじり。

*6:先の脚注で触れた2000年3月のコラムのように、クルーグマン自身もその問題に無頓着だったわけではないが、同じ脚注で触れた同年4月のコラムでは、大した問題ではないと結論付けている(なお、ここでも日本型不況の危険性について論じているが、この時はITバブル崩壊に伴う話)。現在の彼がどう考えているかは興味深いところではある。