映画「ビューティフル・マインド」について
ナッシュの半生を描いた映画「ビューティフル・マインド」では、ナッシュがナッシュ均衡のアイディアを思いつくシーンで、以下のようなシチュエーションが描写されている。
- 1人の美人とそれ以外の女性3人がバーに入ってくる
- こちらの男性は3人
→ 3人が1人の美人に群がれば、競合して誰も美人をゲットできないだけでなく、気を悪くした他の3人の女性にも相手にされなくなる。結局、誰も女性をゲットできない。
→ 3人が美人を無視してそれぞれ美人以外の女性にアタックすれば、各人が女性をゲットできる。こちらの方が皆がハッピーな結果となる。
映画では、この考察をもとに、バーを飛び出したナッシュが後にノーベル経済学賞の対象となる論文を書いたことになっている。
しかし…
- 他者が美人を無視するならば、自分が美人をアタックするのが最適反応戦略となる。すなわち、映画のナッシュが良いと考えた結果はナッシュ均衡ではない。
- ゲーム理論では全体にとって良いかどうかを考えて行動する利他主義は想定していない。それは、ナッシュ均衡は必ずしもパレート最適とならないことに端的に表れている。
ハリウッドの脚本だから仕方ないのかもしれないが、これではナッシュ均衡に関する誤った理解が広がる恐れがある!
(…でもこの脚本が第74回アカデミー脚色賞を取っている)*1
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ちなみに、「Anderson, Simon P., Maxim Engersy (2002) “A Beautiful Blonde: a Nash coordination game,” University of Virginia, Working Paper」(リンク)では、このシチュエーションのナッシュ均衡について考察を行っている。
*1:個人的な話をすると、当初はこの映画を公開時に見に行こうと考えていたのだが、「王様のブランチ」などの紹介番組でこのシーンを見て一気に行く気を失った。ナッシュ本人も含めこの点をあまり気にした人はいなかったようだが、これではニュートンがリンゴが木から落ちるのを見て天動説を考え付いた、とか、アインシュタインがニュートン力学の限界に気づいてエーテル理論を思いついた、というのと同じようなものではないか、と一人で非常に憤激していたことを覚えている。
当時の私の友人に宛てたメールから、そのあたりの失望感が現れている部分を引用しておく:
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先ほどTBSの「王様のブランチ」で「ビューティフル・マインド」(日本では本日公開)のそのシーンをやっていましたが、これって「他人の戦略を所与とした場合の最適反応戦略を各人が取っている」という定義からして、ナッシュ均衡になっていないのではないでせうか。(他人が美人をあきらめるという戦略を所与とすれば、自分が美人を口説くのが最適戦略になる) ま、脚本家が勝手に創り上げたエピソードだからどうでも良いけど。 [Sent: Saturday, March 30, 2002 11:59 AM]
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その後CSN1の映画紹介番組でそのシーンをもっと詳しくやっていましたが、その中では「アダム・スミスは間違っている。自分の利益だけじゃなく全体の利益も考えなくてはならないんだあ〜」と叫びつつナッシュが酒場を出て行くシーンが紹介されていました。これはむしろゲーム理論ではなく厚生経済学の考え方だと思いますが、ひょっとしてこれは、ナッシュが狂気の中で自分が19世紀のイタリア人経済学者Paretoになったと錯覚して、パレート均衡(誰も他人の効用を悪化させずに自分の効用を高めることができない状態)の概念を思い付いたという幻想を再現したシーンなのでせうか…てそんなわけないか(でもこれでアカデミー脚色賞もらっているんだからな〜)。 [Sent: Saturday, March 30, 2002 07:34 PM]
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