インフレ、予想と金融政策:我々は何のために何を学んだのか?

前回エントリではOlivier Coibion(テキサス大オースティン校)らの共著論文を紹介したが、そのCoibionがいつものコンビであるUCバークレーのYuriy Gorodnichenkoと共著した表題のNBER論文(原題は「Inflation, Expectations and Monetary Policy: What Have We Learned and to What End?」)も上がっているungated版)。
以下はその要旨。

We review recent research and experiences linking inflation and expectations, emphasizing what has been learned since 2020. One clear lesson is that the inflation expectations of most economic agents have been and remain unanchored. The unanchored nature of inflation expectations, in combination with supply shocks, can explain much of the inflation surge and subsequent disinflation when viewed through the lens of an expectations-augmented Phillips curve, both in the U.S. and abroad. New policy frameworks are unlikely to address this feature of expectations. Only a communication strategy that breaks what we refer to as the “cycle of selective inattention” is likely to be successful, but it is probably already too late to stop the next inflation surge.
(拙訳)
我々はインフレと予想を結び付けた最近の研究と経験を概観し、2020年以降に学んだことを明らかにする。一つの明確な教訓は、大半の経済主体のインフレ予想は固定されておらず、今も固定されていない、ということである。インフレ予想が本質的に固定されていないことは、供給ショックと合わさって、予想で強化されたフィリップス曲線のレンズを通じて見た場合、米国と海外の両方におけるインフレ高騰ならびにその後のインフレ低下の多くを説明できる。新たな政策枠組みも、この予想の性質を解決する可能性は低い。「選択的な無関心の循環」と我々が呼ぶものを打破するコミュニケーション戦略だけが成功の可能性があるが、おそらく次のインフレ高騰を止めるには既に遅すぎる。

本文によると、インフレが低位で安定している時期には人々はインフレに無関心なので、予想は固定されておらず変動的である。人々がインフレに関心を払うのはインフレが高騰した時だが、それはまさに金融政策が失敗したように見える時なので、予想は一層固定されなくなる。
こうした選択的な無関心の循環を打破する上では、FRBがFAIT(Flexible Average Inflation Targeting)、AIT(Average Inflation Targeting)、PLT(Price Level Targeting)、IT(Inflation Targeting)といった政策の枠組みの違いを熱弁したとしても人々には届かず、効果は乏しい、と著者たちは言う。その代わり、まずは兎にも角にもインフレを押さえつけることが重要、とのことである。インフレ予想が固定されていれば、一時的な供給ショックに起因するインフレについては注視する(look through)に留めるのが最適な金融政策になるが*1、予想が固定されていないのであればそのやり方は採るべきではない、と著者たちは警告する。
次いで、インフレが低位で安定している時期に、金融政策が目標達成を成功している、という意識を人々に植えつける必要があるが、Coibion et al. 2020*2で示したように、関心を払うインセンティブが無い時に注意を向けさせるのは至難の業である、と著者たちは指摘する。

結論部では以下の図を指し示して、1970年代も今回もインフレ予想は上放れしていたのであり、今回は固定されたインフレ予想によってインフレ高騰が限定的なものとなった、という中銀の認識は誤り、と述べている。

*1:cf. コストプッシュショックとしての関税:最適金融政策への含意 - himaginary’s diaryでWerningの言う「注視原則」。なお、日本の政治家や政策当局が取りあえず何もしない場合に「注視」という言葉を良く使うのでここではそれを訳語として当ててみたが、直近の植田日銀総裁講演邦訳では「見守る」という言葉が当てられている。

*2:政策ツールとしてのインフレ予想? - himaginary’s diaryでWPを紹介した論文。