なぜ労働者はインフレを嫌うのか? 賃金の目減りと紛争コスト

というNBER論文が上がっている(H/T タイラー・コーエンungated版)。原題は「Why Do Workers Dislike Inflation? Wage Erosion and Conflict Costs」で、著者はJoao Guerreiro(UCLA)、Jonathon Hazell(LSE)、Chen Lian(UCバークレー)、Christina Patterson(シカゴ大)。
以下はその結論部。

Why do workers dislike inflation so much? We show that “conflict costs” play a significant role: workers must incur these costs to have their nominal wages keep up with inflation, as employers do not automatically provide wage increases when inflation is high. We capture the conflict cost in a menu-cost style model applied to wage setting, and show both analytically and quantitatively, that conflict costs meaningfully change how inflation shocks impact workers’ welfare. Disciplined by a survey of U.S. workers, we find that incorporating conflict costs more than doubles the costs of inflation to workers.
Beyond the specific application to the costs of inflation, our conflict cost model offers a tractable approach to introducing state-dependent wage setting, providing many avenues for future research. For example, firms may also face costs in adjusting wages away from the default wage offer. These firm-side conflict costs are particularly relevant for downward wage rigidity, as firms would prefer to adjust wages downward when possible. In subsequent work, we aim to quantify these firm-side conflict costs, link them to empirical evidence on downward wage rigidity, and study their macroeconomic implications.
(拙訳)
なぜ労働者はインフレを嫌うのか? 我々は、「紛争コスト」が大きな役割を果たしていることを示した。即ち、インフレが高い時に雇用者は自動的に賃金上昇を提供してはくれないため、労働者は自分たちの名目賃金がインフレに遅れを取らないためにそうしたコストを負担しなくてはならない。我々は、メニューコスト型のモデルを賃金の設定に適用して紛争コストを捕捉し、解析的および定量的に、インフレショックが労働者の厚生に影響する方法を紛争コストが有意に変えることを示した。米労働者の調査を用いて我々は、紛争コストを織り込むと労働者にとってのインフレのコストが倍以上になることを見い出した。
我々の紛争コストモデルは、インフレのコストへの適用以外にも、状態依存型の賃金設定の導入についての解析可能な手法を提供し、今後の研究に対して多くの道を拓く。例えば、企業もまた、既定の賃金提示から離れる際の賃金調整コストに直面している。こうした企業側の紛争コストは、企業ができれば賃金を下方に調整したいと考えることから、賃金の下方硬直性にとって特に重要である。今後の研究で我々は、そうした企業側の紛争コストを定量化し、それを賃金の下方硬直性に関する実証結果と結び付け、そのマクロ経済的な意味合いを調べたいと考えている。

分析結果によれば、紛争を回避するために労働者は賃金の1.75%を犠牲にすることを厭わないとの由。日本の労働者についてこの数字を推計したらどうなるか興味が持たれるところではある。

コーエンは、他の共著者を貶めるものではないが、Jonathon Hazellは今日における最良かつ最も興味深い若手研究者の一人であり、彼の言うことはすべて重要である、と著者の一人を激賞し、MRブログで彼を取り上げたエントリにリンクしている*1

コーエンのエントリのコメント欄ではスコット・サムナーが姿を現し、ほぼすべてのインフレの厚生費用の研究には一つの弱点があり、それはインフレの影響がインフレの原因にほぼすべて左右されることを無視していることだ、とコメントしている。サムナーによれば、需要面と供給面、予期されるものと予期されないもの、継続的と一時的、好況発と不況発の8種類のインフレがあり、それぞれの厚生への影響は全く違う、との由。

*1:ちなみに本ブログの関連エントリはJonathon, Hazell の検索結果 - himaginary’s diary。なお、コーエンは他の共著者のことは知らない、とすげないことを書いているが、Joao, Guerreiro の検索結果 - himaginary’s diaryChen, Lian(UCバークレー) の検索結果 - himaginary’s diaryChristina, Patterson の検索結果 - himaginary’s diaryのようにいずれも興味深い研究を行っているようである。