「不振」から「活発」へ:今日におけるアダム・スミスの重要性

というSSRN論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「From ‘Dull’ to ‘Cheerful’: The Relevance of Adam Smith for Today」で、著者はMaria Pia Paganelli(トリニティ大学)。
以下はその要旨。

Is there a secret recipe for economic growth? No, but we can extrapolate some pieces of advice from Adam Smith. An economy can leave behind its “dull” stagnant state and grow when its markets expand, when the productivity of its workers increases thanks to high compensations which are seen as incentives to work harder, and when lobbying and cronyism are kept at bay. Luck plays a role too, but these three ingredients are necessary, even if not sufficient, for an economy to grow and thus be “cheerful.”
(拙訳)
経済成長の秘密のレシピは存在するのだろうか? 存在しないが、アダム・スミスの幾つかの助言を敷衍することはできる。経済は、市場が拡大し、より熱心に働くインセンティブと見做される高い報酬のお蔭で労働者の生産性が上昇し、ロビー活動と縁故主義が食い止められている時に、「不振」の停滞状態を抜け出し成長することができる。幸運も役割を演じるが、以上の3つの要因は、経済が成長し、それによって「活発」であるために十分ではないにしても必要である。

市場の拡大について論文では、アダム・スミスと言えば誰しもがピン工場の分業の話を思い浮かべるが、分業が繁栄をもたらすのは市場の拡大があればこそ、というのがスミスの認識であり、その点でスミスは、アメリカ大陸の発見とインドへの喜望峰経由の航路の発見を世界史の最も重要な2つの出来事と見ていた、と述べている。
労働者の生産性についてスミスは、奴隷労働のことを、必要最小限の労働しかせず、他者への波及効果が小さいという点で最も高くつく労働と見做していたという。逆に、奴隷を寛大に扱うことによってフランスの砂糖生産の植民地は英国の植民地よりも繁栄した、とスミスは書いているとの由。
ロビー活動や縁故主義で成長に悪影響を与える特殊利益団体としてスミスの念頭にあったのは、すぐにカルテルを組む商人や製造業者で、代表例がベンガルを困窮に追い込んだ東インド会社とのことである。

この観点から日本の現状を見てみると、少子高齢化による国内市場の縮小、なかなか上がらない実質賃金と依然として労働市場に根深く存在するブラック企業問題、政権交代が起きないことによる政治の澱みとそれに伴う与党に食い込んだ既得権益の継続、というように著者のいわゆる「“dull” stagnant state」が続く条件が揃っていて、その解消は当面は難しいようにも思われる。論文では、運良く規模の収穫逓増を獲得する、という幸運の役割についても触れているが、日本は高度成長の時にその幸運に恵まれたものの、その後、東アジアの他の国にそのツキが回り、さらに他の新興国がその幸運を求めてレッドオーシャン状態になっている現在、今後はあまり期待できなさそうである。