グローバルサウスあれこれ

篠田英朗氏の記事をはてぶしたのを契機にグローバルサウスについて少し調べてみたところ、篠田氏と同様、このグローバルサウスという概念に対し否定的な見解を示している西側の識者が幾人かいることが分かった。例えば、

それらの批判を大雑把にまとめると、グローバルサウスと一言で言っても内実は多種多様であるため、そうした不均一性を無視して一括りに捉えるような用語には危険性がある、とのことである。
また、David Lubinは、従来使われてきた新興国市場(emerging markets)という言葉が、国際資本の投資対象の国、という商業的な意味合いを帯びていたのに対し*1、それに取って代わりつつあるグローバルサウスという言葉は政治的意味合いを帯びている、と指摘する。この言葉の政治的スローガンないし政治的ラベルという性格については、上記の他の二者も指摘するところである。

一方、冒頭のはてぶでリンクしたAude DarnalのWorld Politics Review記事では、まさにその政治的な性格ゆえにグローバルサウスという言葉に意味がある、と主張している。乱暴に一言でまとめてしまうと、従来の西洋中心的な世界観へのアンチテーゼとしての意味がある、というわけだ。LSEDena Freemanのこの5年前の論文も同様の論陣を張っており、グローバルサウス側の見解では世界の南北格差を強調してその解決を図ろうとするのに対し、北側の見解では南北を一体に捉えて力の差と不平等を曖昧にしてしまう、と述べている*2

また、このグローバルサウスを中印などが自国の利になるように利用しようとしている、というのも良く指摘されるところであり、例えばこちらサウスチャイナ・モーニング・ポスト論説では、デンマーク・オールボー大教授のLi Xingが、中国が現在西側の敵意に直面している以上、グローバルサウス外交を優先すべきではないか、と、あからさまとも言える提言をしている。
一方、クロアチア出身の外交官であるRomana Vlahutinは、こちらのEuractiv論説で、EUはそうした中国の動きに対抗すべき、と説いている。以下はそこからの引用。

China’s trade relationship with developing countries reportedly now, for the first time, exceeds that with the EU, Japan, and the United States combined.
This proves how China has pursued a strategy of de-risking from the West since long before the European Commission President Ursula von der Leyen famously made the term en vogue in a speech in March 2023.
Former Japanese Prime Minister Shinzo Abe was the first to understand the challenge posed by China’s moves and tried to rally Western leaders to follow his country’s example of investing in critical infrastructure in the Global South. The G7 members now regularly discuss the topic, but Western efforts lag.
EU performance in this regard has been notably poor. The bloc is bogged down in institutional rather than political logic, with granular bureaucratic processes and political self-righteousness still weakening geopolitical considerations Commission President Von der Leyen has rightly put at the top of the agenda.
・・・
This is an auspicious time for a policy shift, given the Western capital flight from China over concerns about economic and financial security. Western businesses are seeking new manufacturing hubs and markets, goals that align well with developing countries’ aims for significant investment in infrastructure, knowledge transfer, and skills training.
China’s loss could become the Global South’s gain.
Greater industrial collaboration with the West would also allow developing and emerging economies to access significantly broader capital markets, implement higher sustainability standards, and the buildup of strategic resilience through the ability to make informed choices.
Mexico, Morocco, Vietnam, and the Philippines are already benefitting in this way.
(拙訳)
中国の発展途上国との貿易関係は、報道されるところでは初めて、対EU・日本・米国合計を超えた。
このことは、中国が西側からのデリスキング戦略を如何に追求していたか、を証明している。欧州委員会委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエンが2023年3月の講演でその言葉を流行らせたことは有名だが、中国はその遥か前にそうした戦略を追求していた。
日本の安倍晋三元首相は、中国の動きによってもたらされた挑戦を最初に理解し、西側の指導者を結集して、自国に倣う形でグローバルサウスの重要なインフラに投資させようとした。G7参加国は今では定期的にこの議題を論じているが、西側の取り組みは後れを取っている。
EUのパフォーマンスはこの点において際立って劣っている。EU圏は政治的ではなく制度的な泥沼に嵌っており、細々とした官僚的なプロセスと政治的独善が未だに、フォン・デア・ライエン委員長が正しくも政治課題のトップに持ってきた地政学的な検討事項を弱体化させている。
・・・
西側資本が経済金融の安全性への懸念から中国から流出していることに鑑みると、現在は政策を変更する好機である。西側の企業は新たな製造業のハブとs市場を求めており、そうした狙いは、相当量のインフラ投資、知識移転、技能訓練を求める発展途上国の目標と上手く合致している。
中国の損失はグローバルサウスの利得となり得るのだ。
産業面での西側との協力関係の拡張はまた、発展途上国新興国にとって、資本市場へのアクセスを有意に拡大し、サステナビリティのより高い基準を導入し、情報を得た上での選択ができるようになることを通じて戦略的弾力性を構築することを可能にする。
メキシコ、モロッコベトナム、およびフィリピンは既にそうした形の便益を得ている。

日本を含む西側の有識者がグローバルサウスを巡る議論を意味が乏しいものとして遠ざけようとする一方で、旧東欧出身の外交官が中国に対抗するためのグローバルサウス戦略で安倍元首相を引き合いに出してEUに発破を掛ける、という構図も面白いと言えば面白い。

*1:経済学の論文やIMFの世界経済見通しではAE(Advanced Economies)とEME(Emerging Market Economies)ないしEMDE(Emerging Market and Developing Economies)に分けて分析するのが通常の手順なので、経済学的な意味合いも帯びている、とも言えそうである。

*2:GDPないし1人当たりGDPというフローでは南北の差は収斂しつつあるという見方もあるかもしれないが、その一方で、ストックを考えた場合には話が違ってくる、という議論もできそうである。