フロアから身を起こす

というBIS論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「Getting up from the floor」で、著者は同行のClaudio Borio。
以下はその要旨。

Since the Great Financial Crisis, a growing number of central banks have adopted abundant reserves systems ("floors") to set the interest rate. However, there are good grounds to return to scarce reserve systems ("corridors"). First, the costs of floor systems take considerable time to appear, are likely to grow and tend to be less visible. They can be attributed to independent features of the environment which, in fact, are to a significant extent a consequence of the systems themselves. Second, for much the same reasons, there is a risk of grossly overestimating the implementation difficulties of corridor systems, in particular the instability of the demand for reserves. Third, there is no need to wait for the central bank balance sheet to shrink before moving in that direction: for a given size, the central bank can adjust the composition of its liabilities. Ultimately, the design of the implementation system should follow from a strategic view of the central bank's balance sheet. A useful guiding principle is that its size should be as small as possible, and its composition as riskless as possible, in a way that is compatible with the central bank fulfilling its mandate effectively.
(拙訳)
金融危機以降、多くの中銀が金利を設定する上で潤沢な準備預金のシステム(「フロア」)を採用した。しかし、ぎりぎりの準備預金のシステム(「コリドー」)に戻るべき理由も十分にある。第一に、フロアシステムのコストは顕在化するのにかなりの時間を要し、見えにくくなる可能性と傾向が強い。それらは状況の独自の要因に帰すことができるが、実際にはその状況は相当の程度システム自身がもたらした帰結である。第二に、概ね同様の理由により、コリドーシステム適用の難しさを大いに過大評価するリスクが存在する。特に準備預金への需要の不安定さについてそうである。第三に、その方向に動くのに中銀のバランスシートの縮小を待つ必要は無い:所与のサイズについて、中銀は債務構成を調整することができる。最終的には、適用するシステムの設計は中銀のバランスシートの戦略的観点から決めるべきである。有用な指針は、中銀がその使命を効果的に達成するのと両立する形で、サイズは可能な限り小さくあるべきであり、構成は可能な限りリスクが小さくあるべきである、というものである。

本文では、ARS(=abundant reserves system)のコストは、直接的にせよ間接的にせよ、準備預金が価値の貯蔵という側面を持つことにより生じた、と主張している。特に重視すべきコストとして、以下の3つを挙げている。

  • 翌日物銀行間取引市場の崩壊
  • シグナリングを行う政策金利とそれに反応して動く市場金利というデカップリングが崩れ、超過準備への付利に銀行が反応して行動するようになったこと(これは準備預金への需要の不安定さももたらしている)による他の金利への悪影響
  • 銀行に補助金を渡していると見られることによる政治経済的なコスト

本文ではまた、準備預金をリバースレポ、中銀自身の証券、為替スワップなどで吸収する債務構成の調整*1は事前に段階的に進めるとしても、ARSとSRS(=scarce reserve systems)は共存できないため、移行そのものはビッグバン形式で一夜にして行わなければならない、とも主張している。

*1:ARSのメリットとして喧伝される金融安定性への貢献は、流動性の面での準備預金と短期国債の代替性からすると疑わしい、というのがBorioの見解である。安全資産の不足が言われるが、皆が利用できる安全資産という点でリバースレポや中銀自身の証券の方が準備預金より優れている、とBorioは指摘している。また、ARSでのモニタリング機能と取引の衰えは危機時の中銀の介入の必要性をむしろ高めるし、そもそも銀行危機の際に問題になるのは流動性不足ではなく資本の浸食である、ともBorioは指摘する。