瞬間インフレ率

「Instantaneous Inflation」という最近の論文の分析が広く引用されている、とクルーグマンツイートしているクルーグマンが引リツしているJan Eeckhoutはポンペウ・ファブラ大学の教授で、分析内容を連ツイで解説するとともに、自サイトに上げている論文にリンクしている。

Eeckhoutが論文で提示している瞬間インフレ率の式は以下の通り。
  i_t^K=\prod^{11}_{\tau=0}(1+i_{t-\tau}^m)^{\kappa(\tau)}-1
ここでiは月次の前月比のインフレ率で、κは過去12か月のインフレ率を集計する際のウエートを定めるカーネル関数である。論文では以下のカーネル関数を用いている。
  \kappa(\tau,a)=\frac{(T-\tau)^a}{\sum^{T-1}_{\tau=0}(T-\tau)^a}T
aは0以上のパラメータで、Tはここでは12である。a=0の場合、κ(τ,0)=1となり、ウエートは一様になるので、瞬間インフレ率は過去12か月のインフレ率を単純に累積した値、即ち前年比となる。a=1の場合、κ(τ,1)=(12-τ)×(12/78)となり、当月(τ=0)は1.8、1年前(τ=11)は0.15となる。即ち、κは直近の値のウエートが高くなる線形関数となる。aを1より大きな値にすると、カーネルは凸関数になり、直近のウエートが非線形に高くなる。a→∞の場合は最後の値のみ使う形になる。論文ではa=4を主に用いている。

Eeckhoutに言わせれば、今のようにインフレ率の変動が大きい時には、単純な前年比を使うよりも、直近により大きなウエートを掛けた瞬間インフレ率の方が実態を上手く捉えられる、とのことである。Eeckhoutは、米国とユーロ圏では瞬間インフレ率を使うことによりインフレの低下トレンドがはっきりするが(米国の12月の総合インフレ率は6.5%ではなく2%になるとの由)、英豪日ではそうでもない、という結果をグラフで示している。

これについてのクルーグマンツイッターでのコメントは以下の通り。

I've been a bit behind on commenting on this widely cited recent analysis, but thought I might still have something to contribute. Warning: very wonkish, not for normal humans 1/
First off, I basically agree with Eeckhout's conclusion: underlying inflation has fallen fast, although not quite ready to say that it's 2 percent. Also agree with the general point about the need to smooth but not too much: monthly is too noisy, annual too far behind reality 2/
In fact, most practical analysts are using a variety of methods to try and extract the inflation signal from the noise, typically looking at 3-month changes in an index that excludes volatile stuff like energy and stuff with known long lags, mainly shelter 3/
What does Eeckhout's procedure add? It doesn't throw out data before past 3 months. Maybe more important, "artisanal" inflation measures can tempt analysts into choosing measures that tell them what they want to hear. So there's something to be said for a hands-free filter 4/
On the other hand, the filter also throws out information. The dynamics of, say, official food and shelter price indexes are different in known ways; applying a common smoothing approach to the overall index means ignoring what we know about sectors 5/
A parallel that immediately occurred to me is estimating potential GDP. It can seem appealing to use a statistical smoothing procedure like Hedrick-Prescott, which sometimes produces plausible results. But we also know that it can go badly wrong at times 6/
E.g., a smoothing approach interprets any sustained downturn as permanent — so it ends up saying that the Great Depression was over by 1935. I actually worry Eeckhout's approach may be doing a milder version of this now, over-interpreting favorable recent inflation shocks 7/
I say this even though I want to believe that inflation has rolled over. It's clearly way down, but a mechanical approach throws out data that might give reason for caution, say on wages 8/
All that said, very happy to see this kind of work being done. Traditional core inflation has performed badly lately, and we need to be exploring new approaches 9/
(拙訳)
この広く引用された最近の分析にコメントするのが少し遅れたが、それでも貢献できると思う。警告:非常に専門的で、普通の人向けではない。
まず第一に、Eeckhoutの結論には基本的に賛成。2%になったとまでは言い切れないが、基調インフレは急速に低下している。平滑化すべきだが、過度に平滑化すべきではない、という一般論にも賛成。月次はノイズが多過ぎ、年次は足元の現実から遅れを取り過ぎている。
実際、大半の実地の分析者は、ノイズからインフレのシグナルを拾おうとして様々な手法を用いている。代表的なのは、エネルギーのような変動の大きなものや、主として住宅サービスのようなラグが長いことが知られているものを除いた指数で、3か月の変化を見る、というものだ。
Eeckhoutの手法の付加価値は何か? その手法では3か月より前のデータも捨て去ることはしない。それよりも重要かもしれないのは、「職人芸による」インフレ指標では、耳にしたいことを伝える指標を選択する誘惑に分析者が駆られる可能性があることだ。ということで、人の手を介さないフィルタには何らかの価値がある。
その一方で、フィルタもまた情報を捨て去る。例えば公的な食料と住宅サービスの物価指数が他と違った動きをすることは既知の話である。全体の指数に共通の平滑化の手法を適用することは、各部門について我々が知っていることを無視することを意味する。
このことの類例として私がすぐに思いついたのは、潜在GDPの推計である。時々もっともらしい結果を出すホドリック=プレスコット*1のような統計的平滑化手法を用いるのは、魅力的に思われる。しかしその手法は時としてかなり悪しき結果をもたらすことも我々は知っている*2
例えば、平滑化手法では持続的な低下をすべて永続的なものと見做してしまう――結果として、大恐慌は1935年には終了していた、と言うことになる。実際のところ私は、Eeckhoutの手法がその穏健なバージョンを今やらかしているのではないかと危惧している。最近の望ましいインフレショックを過剰に解釈しているのではないか、という懸念である。
インフレが終わった、と私も信じたいものの、その点は指摘せざるを得ない。明らかに低下しているが、機械的な手法では、例えば賃金について警戒すべき理由を提供するかもしれないデータも放り出してしまう。
とは言え、このような研究がなされたことは非常に喜ばしい。従来のコアインフレの最近のパフォーマンスは悪く、新たなアプローチの探究が必要なところである。

*1:クルーグマンはHedrick-Prescotttypoしているが、正しくはHodrick-Prescott

*2:cf. ここここここ