ポール・ローマーのブースター接種推進論

ポール・ローマーが3回に亘るブログエントリで、ブースター接種の必要性を訴えている(8/23エントリ8/24エントリ9/15エントリ;H/T タイラー・コーエン)。
彼の主張のポイントを抜き書きすると以下の通り。

  • 以下の2点について、米政府がどちらかしかできない、というのは誤りで、どちらもできる。
    • 2回の接種を終えていない人に接種を済ますように促すとともに、2回の接種を終えた人に3回目の接種をする。
    • メーカーに、国内需要を満たすのに十分な量を生産させるとともに、世界中の人にも行き渡るようにする。
  • ブレークスルー感染を気にせずに重症化だけを気にするのは、カナリアが死んでも気にせずに炭鉱夫の命を救うことだけを気にする、というのと同様。
  • 感染の相対リスクをrI、感染の条件付きの有症状の相対リスクをrS|I、有症状の条件付きの重症化の相対リスクをrD|Sとすると、重症化の無条件の相対リスクは3つのrの掛け算となる:
       rD=rD|S・rS|I・rI
    • それぞれの相対リスクはワクチン接種済みの人の確率とそうでない人の確率の比率で表される:
        rI=pI(ワクチン接種済み)/pI(ワクチン接種済みでない)
        rS|I=pS|I(ワクチン接種済み)/pS|I(ワクチン接種済みでない)
        rD|S=pD|S(ワクチン接種済み)/pD|S(ワクチン接種済みでない)
  • rIを0.2、rS|I=0.4、rD|S=0.5とすれば、rD=0.04で、ワクチンの重症化に対する有効率eD=1-rDは96%。今、rIがr'I=0.4に倍増したとすると、r'D=0.08で、ワクチンの重症化に対する有効率e'D=1-r'Dは92%とやや下がる。一方、感染への有効率はeI=1-rI=80%からe'I=1-r'I=60%に大きく下がっている。
  • メイヨー・クリニック*1の調査では、ファイザーとワクチン未接種者の入院者数と感染者数は以下のように推移した。
Feb Mar Apr May June July
Hospitalizations Pfizer 0 1 2 3 1 4
Not Vaccinated 0 9 20 25 7 18
Infections Pfizer 0 4 11 13 4 38
Not Vaccinated 1 37 93 82 24 73
  • 5~7月の対象者数は各グループ2万人であるが、ファイザーグループの入院者数はその間一桁で推移しており、増加を確認するのは難しい。一方、感染者はファイザーグループでも2桁で、デルタが主流となった7月に有意な増加が認められる。
  • 入院者のデータをもっと得たいのはやまやまだが、メイヨークリニックは他州でも患者を抱えているものの、ワクチン接種のデータを取得しているのはミネソタ州だけなので、それは難しい。もっとデータを得るために何もせずに時間が経過するのを待つという方法もあるが、それは現在の状況からして取れる選択肢ではない。この研究や他の研究でワクチンの感染に対する有効性がデルタ株の到来とともに有意に落ちたことが示されており、いわばカナリアが死んだのだから、炭鉱夫の命が危険に曝されていることを確認するのに十分な数の炭鉱夫が死んで統計的有意性が得られるのを待つような真似をすべきではない。
  • 4月時点のミネソタと今後の全米の10万人当たりの新規感染者がほぼ等しいと仮定して(実際には4月時点のミネソタのその数字は30人/日で、現在の全米の数字は45人/日なので、これは感染率が下がるという楽観的な見通しに基づいていることになる)、メイヨーの2万人当たり毎月11人のブレークスルー感染を2億人に適用すると、毎月11万人がブレークスルー感染することになる。そのうち10人に1人が入院することになるとすると、2回接種した人で入院する人が全米で毎月11,000人新たに発生することになる。これは無視できる数字ではない。
  • メイヨー研究によると、ファイザーワクチンの感染に対する有効率は当初の約90%から数か月後には約50%に下がる。ブースター接種によって90%に戻るとすると、毎月の新規ブレークスルー感染は10万人*2から2万人に下がることになる。
  • ただ、メイヨー研究の入院者数のトレンドだけからは、ブースター接種によって入院者数がどのように変化するかについては何も言えない。しかし、ブレークスルー感染が毎月10万人から2万人に減った時に入院者数が1万人で変わらない、と仮定するのは現実的とは言えない。ブレークスルー感染が1/5になるならば、入院も1/5になって2000人になると考えるのが前述のロジックからして最善の推計。
  • FDAでブースター接種の承認をやめさせようとしている専門家の人は、なぜ入院確率を下げる3回目の接種を非合法にしたいのか説明してほしい。


小さな効果量から何かを言うことの困難さはいみじくも前回紹介したRechtのブログエントリで指摘されたところだが、ローマーは入院者数ではなく感染者数に着目することで、期せずしてRechtの言うラザフォード的指針に沿った議論を展開しているように思われる*3

*1:cf. メイヨー・クリニック - Wikipedia

*2:簡単化のためかローマーはここで前述の11万人を10万人に丸めている。

*3:ローマーはまた(上記のまとめでは省略したが)ともすればサブグループ化するなどしてブースター接種に関して小さな統計量を得る方向に走っている研究者に対して批判を展開している。