パンデミックは社会的地位の(低い人ではなく)高い人の間で最初に拡大する:COVID-19とスペイン風邪の実証結果

という論文にタイラー・コーエンがリンクしている。原題は「Pandemics Initially Spread Among People of Higher (Not Lower) Social Status: Evidence From COVID-19 and the Spanish Flu」で、著者はJana B. Berkessel(マンハイム大)、Tobias Ebert(同)、Jochen E. Gebauer(同)、Thorsteinn Jonsson(デンマーク工科大)、Shigehiro Oishi*1バージニア大)。以下はその要旨。

According to a staple in the social sciences, pandemics particularly spread among people of lower social status. Challenging this staple, we hypothesize that it holds true in later phases of pandemics only. In the initial phases, by contrast, people of higher social status should be at the center of the spread. We tested our phase-sensitive hypothesis in two studies. In Study 1, we analyzed region-level COVID-19 infection data from 3,132 U.S. regions, 299 English regions, and 400 German regions. In Study 2, we analyzed historical data from 1,159,920 U.S. residents who witnessed the 1918/1919 Spanish Flu pandemic. For both pandemics, we found that the virus initially spread more rapidly among people of higher social status. In later phases, that effect reversed; people of lower social status were most exposed. Our results provide novel insights into the center of the spread during the critical initial phases of pandemics.
(拙訳)
社会科学の定型概念によれば、パンデミックは特に社会的地位の低い人々の間で広がる。この定型概念に挑戦する形で、我々は、そのことが当てはまるのはパンデミックの後期局面だけである、という仮説を立てた。初期局面では、それとは反対に、社会的地位の高い人が拡大の中心になる。我々はこの局面依存仮説を2つの研究で検証した。最初の研究では、3,132の米国の地域、299の英国の地域、および、400のドイツの地域からの地域レベルのCOVID-19感染データを分析した。二番目の研究では、1918-1919年のスペイン風邪パンデミックを経験した1,159,920人の米国人の過去データを分析した。両パンデミックにおいて、ウイルスは当初社会的地位の高い人の間でより急速に広がったことを我々は見い出した。後の局面では、それは反転し、社会的地位の低い人が最も感染した。我々の得た結果は、パンデミックで極めて重要な初期局面における感染の中心について新たな洞察を提供する。

以前こちらで紹介したモデルでは、「社会的繋がりが遥かに多く、より多様な人々の集合と感染を伴う社会的交流をする可能性も高い」人々が最初に罹患してスーパースプレッダーになると想定していたが、これはその理論を期せずして実証面から検証した論文と言える。そのモデル、および後続エントリで紹介したモデルでは、そうしたスーパースプレッダーから、それほど社会的交流が高くない人々に感染が広がることを抑えることの重要性が指摘されていたが、その点でもこの論文は同趣旨と言えるかと思われる。

なお、この論文の後半では、今回のパンデミックで繰り返される波について上記のパターンが当てはまるかどうかを考察している。論文で言う初期局面ではウイルスがまだ広まっておらず、社会的行動に制限が掛かっていないことを前提にしているので、第二波以降ではこの条件が満たされないように思われる。しかし、経済活動の再開などで社会活動が概ね正常化した後に来る波については、最初の波と同様の感染パターンを辿る可能性がある、とも指摘している。このことは、感染率の不均一性によって集団免疫に必要な水準が思ったよりも低くなる可能性を指摘した前述のモデルと併せて、日本の第5波が専門家の想定よりも早くピークを打った*2原因について一つの示唆を与えているようにも思われる。