基本再生産数の分散にも気をつけよ

前回エントリで紹介したKronradのコメントを受けてコーエンは、 ロビン・ハンソン(Robin Hanson)ジョージメイソン大学経済学准教授が今月初に自ブログに上げたシミュレーションにリンクしている。ハンソンもKronradと同様にR0(基本再生産数)の不均一性に着目しているが、Kronradがそのばらつきがむしろ福音となる可能性を指摘したのに対し、ハンソンはそのばらつきを抑えることの重要性と難しさを説いている

ハンソンのシミュレーションでは、R0が対数正規分布に従うことを仮定し、以下のパラメータを当てはめた場合を考察している。

  • 対数平均=-2、標準偏差=1
    • R0の最頻値は0.05、中央値は0.14となり、R0>0.70となるのは人口の5%、R0>1となるのは人口の2%に過ぎない。しかしその少数の人間が高いR0を維持すると、感染の10循環の間の全人口のR0平均は20という極めて高い値になる。
  • 対数平均=-1、標準偏差=0.5
    • R0の最頻値は0.29、中央値は0.37となり、R0>0.85となるのは人口の5%、R0>1となるのは人口の2%に過ぎない。しかしその少数の人間が高いR0を維持すると、感染の10循環の間の全人口のR0平均は1.28になり、依然として1を超えている。即ち、パンデミックの拡大は続く。

もちろんR0の高い人がほとんど感染してしまえば、そのような拡大は続かない*1。また、R0の高い人たちがお互いから切り離されれば、R0<1の人たちは感染抑制に成功する。しかし、R0の高い人たちが少しでも相互交流すると、感染が一気に広がる、とハンソンは指摘する。そのことを示すために、彼は以下のグラフを掲げている。

ここで横軸はR0の中央値で、青線は10循環の間の全人口のR0平均が1となるような標準偏差(対数標準偏差をR0ベースに変換したもの)である。この線上では、パンデミックは拡大も縮小もしない。赤線はその時のR0>1の人たちの比率である。

このグラフから分かるように、R0の標準偏差は常に0.21以下に抑える必要がある。また、R0の中央値を低くしようとすれば、許容できるR0>1の人たちの比率は小さくなる。
つまり、R0の中央値を1以下に抑えるだけでは全く不十分なのだ、とハンソンは言う。例えばR0の中央値が0.5の時、パンデミックの現状維持のためにだけでも、R0>1の人の割合は3%以下に抑える必要がある。そしてそれを短時間でやろうとすると、もっと抑える必要がある。

さらにハンソンは、対数正規分布に見えるものが実際にはそれよりも裾の厚い分布であることが多いことを指摘し、その場合は事態はもっと悪化する、と述べている。そして、無症状患者の存在なども考えると抑制は事実上不可能であろう、という悲観論を述べて、持説の種痘をプランBとして提唱している。

*1:これはある意味でKronradのモデルの核となる機構であるが、ハンソンはあまり重視していないようである。そのことが両者の楽観と悲観の差につながっているかと思われる。