進歩の罠

についてアセモグルが「Minding the Perils of Progress」と題したProject Syndicate論説で論じている(H/T Mostly Economics)。以下はその一節。

The improvements of the past 200 years are the fruits of industrialization, made possible by our acquisition of knowledge and mastery of technology. But this process involved trade-offs. Driven by the desire for wealth, firms and governments sought to reduce costs and boost productivity and profits, which led to disruptions that sometimes left hundreds of millions of people impoverished and unemployed.
For decades, workers in mines and factories were brutally coerced to eke out ever more output, until they managed to organize and secure some political power for themselves. And, of course, the early industrial age encouraged slavery and the quest for access to natural resources, which led to massive wars and brutal forms of imperialist rule.
These excesses were neither an aberration nor inevitable. Many have since been corrected through the market economy, labor-relations reforms, state regulation, and new (often democratic) institutions. But other significant unintended consequences of industrialization have yet to be addressed, because no organized political constituency emerged to address them.
(拙訳)
過去200年間の生活環境の改善は工業化の成果であり、それは我々の知識の獲得と技術の習得によって可能となった。しかしその過程はトレードオフを伴った。富への欲に駆られた企業や政府は、費用の削減、および生産性と利益の引き上げを追い求め、結果として、時に何億という人々が貧困と失業に取り残された混乱をもたらした。
何十年もの間、鉱山や工場の労働者は何とかして生産を増やすよう容赦なく強要され、それは彼らが自身の政治力を確保する組織を作り上げるまで続いた。そしてもちろん、初期の工業化時代は、奴隷制と天然資源へのアクセスを追い求める行動を促進し、それが大規模な戦争や残忍な形の帝国主義支配につながった。
こうした行き過ぎは逸脱でもなければ不可避なものでもなかった。その多くがその後、市場経済、労使関係の改革、国の規制、および新たな(かつ民主的であることが多かった)制度によって是正された。しかし工業化のその他の重要な意図せざる帰結はまだ解決を必要としている。それらに取り組む組織化された政治団体がまだ出現していないからである。

この後アセモグルは、「その他の重要な意図せざる帰結」として以下の4つのグローバルなカタストロフのリスクを挙げている。

  1. 人為的な気候変動
    • 最も明白なリスク
  2. 生物多様性の喪失
    • 工業化以前の100~1000倍の速度で進んでいる種の絶滅という自然の抜本的な不安定化がもたらすリスクは、まだほとんど認識されていない
  3. 核戦争
    • 核分裂は自然の支配と科学技術の誤用の2つの側面があった
    • 核技術には平和的な応用もあったものの、最も重要な帰結は相互確証破壊であった
    • 振り返ってみれば核戦争のリスクはそれほど高くは無かった、と言う人も多いが、例えばヴァシーリイ・アルヒーポフ*1の行動による全面核戦争の回避が生じなかった反実仮想ケースを考えてみるべき
  4. AI
    • 人口超知能が人類を滅ぼすリスクのほか、AIが監視や抑圧の道具として使われ、新たな隷従への道が開かれる可能性がある
    • 政府は既にAIや自動兵器を開発しており、非道な用途に使われる可能性がある


だが、こうしたリスクがあるからといって、生産や投資やイノベーションを遅らせたり巻き戻したりすべきではない、とアセモグルは言う。世界にはまだ貧困があり、貧しい国の人々も富める国の人々も、技術を労働者自身のために活用できるような良い仕事を今最も必要としている。安定した雇用と所得の伸びが無ければ、ドナルド・トランプボリス・ジョンソンのような既存の民主主義を脅かす右派のデマゴーグはこれからも出てきてしまう、と彼は警告する。
気候変動との闘いの成果はまだ乏しいものの、再生可能エネルギー化石燃料と競争できるところまできたのは一つの範となる、と彼は言う。これは技術に背を向けたことによって可能になったのではなく、カーボンプライシングや補助金や消費者の需要に企業が反応する規制された市場経済がもたらした技術進歩によるものだ、と彼は指摘している。