ある感染症学者からのコーエンへの回答

14日エントリではコーエンが感染症学者について投げ掛けた疑問への回答を紹介したが、そこで紹介した回答者が大学院で学んだ感染症学に見切りをつけて別の道に進んだ人だったのに対し、ジョセフ(Joseph)という本職の感染症学者*1が自ブログで応答エントリを上げ、それをコーエンがリンクしている。そちらでは、やはりというべきか、14日エントリで紹介した回答とは時に正反対のことが述べられている。
以下はその応答エントリの概要。

  • 感染症学者の給与
    • 医学部との繋がりがあるため、大学の平均を概ね上回る。ただ、公衆衛生学部の人は恥ずかしくなるほど低い。人々は彼らから良いニュースを聞きたがるため、良いニュースを生み出すプレッシャーがあり、この界隈のスキャンダルは大体が過度に楽観的な予測から生じる。
  • 感染症学者はどれくらい賢いか(GREスコアはいかほどのものか)?
    • 学部時代に感染症学に進むわけではないのでこの質問に答えるのは極めて困難。この分野には医師が大勢いるほか(彼らはGREスコアを持っていない)、様々なバックグラウンドの人がいる。他分野よりも分散が大きいと言うことは言える。
  • 大学や研究機関の厚みがあり流動性の高い雇用市場で雇われるのか? その市場はどの程度実力主義か?
    • 助成金で賄われるソフトマネーの職に就くことが多い。自分自身も約10年そうした職に就いていた。これは感染症学者としての生産性を養う選択プロセスであるが、助成金申請の仕事もそのうちのかなりの割合を占める。
  • 今回の危機の前もしくは最中における予測実績はいかほどのものか?
    • 感染症学では予測はほとんど行わない。自分は治療効果を専門としており、感染症予測モデルは手掛けていない。
  • 感染症学者の政治志向
    • 公衆衛生は分野として効率的な政府に依拠している。中小企業団体の会長が右寄りであるのと同じくらい、感染症学者は左寄りである。ミーガン・マッカードルだったと思うが、政府が効率的である最良のモデルは公衆衛生(ワクチン接種、公的な衛生設備、等々)である、と指摘した。
  • 経済学では経済学者であることよりも国籍がその人の政治観を占う上で重要だが、感染学でも同じか?
    • 感染症学内でも熾烈な戦いがあるが、自分の知る限りそれが国籍に基づくことは無い。観察vs実験、因果推測vs従来の手法、といった感染症学内の分野同士の争いという側面が強い。
  • 例えばトップクラスの計量経済学者と比べて、予測モデルの不確実性をどの程度理解しているか?
    • 自分の経験から言えば、かなり理解している。インペリアル・カレッジ・モデルの予測範囲はIHMEモデル*2よりかなり大きい。それは、政府と住民の反応関数だけに基づいた予測より10倍優れている。
  • ポール・クルーグマンが指弾する「ゾンビ経済学者」に相当する「ゾンビ感染症学者」はいるか?
    • 感染症学には高品質のデータがまったく存在しない分野がある(栄養分野など)。頑健な実験ができる分野ではゾンビ的な考えは駆逐される。感染症学では人も分野も多岐に亘り、利用できるツールもまたそうである。実験のできる分野ではゾンビ的な考えは確実に抹殺できるのに対し、観察がすべてという分野ではそれほど上手く行かない。
  • フィリップ・テトロックの予測に関する研究を学んだ者はどれくらいいるか?
    • 自分はそれについて知っているが、疾病モデルはより力学的なので、当てはまりにくいと考えている。ただし、感染症の流行曲線は自分の専門分野ではない。ただ、あまりにも力学的になった結果、感染症学(ファーの法則)で信じられない誤りを犯したことがある。

ジョセフはまた、本ブログの13日エントリで紹介したコーエンの感染症モデル批判に対し、彼の批判しているのは医療経済学者が構築したIHME(ワシントン大学保健指標評価研究所)モデルであって感染症モデルでは無いのでは、と反論しており、その点を別エントリを立てて改めて強調している*3

*1:ただし、新任の准教授であること以外の素性やフルネームは明らかにしていない。

*2:本エントリの末尾参照。

*3:コーエンはここ(=ジョセフが別エントリで槍玉に挙げたエントリ)やここでIHME批判にリンクしている。