感染症学者についてのある視点

前回エントリで紹介したコーエンの感染症モデルに対する指摘は実は彼のブログエントリの前半部分で、後半部分では彼の感染症学者に対する率直な疑問が書き連ねられている。それへの応答がメールであったとのことで、メールの文章をコーエンがMRの別エントリに上げている
メールの送信者は数学と土木工学の学位を取得した後に感染症学の道に進んだが、以下の点に幻滅して民間企業のクオンツアナリストの職に就き、感染症学を捨てたことを後悔していないとのこと。

  1. 重要な予測期間についてのデータが限られていて不正確な場合も多く、予測の信頼区間が非常に大きい。
  2. 以前に観測された疫病でない限り、モデル構造を正しく特定しないと予測がまったく役に立たないくらいその動学は不明。
  3. 政府の対応(効果的な接触追跡など)と個人の行動(社会的隔離、マスク着用など)に比べればモデルは二の次。


以下はその送信者のコーエンの疑問への回答の概要。

  • 感染症学者の給与、雇用、モデルの指針*1
    • 給与は同等の定量化スキルを持つ民間人の平均給与と同じか下。
    • 雇用がどれくらい実力主義かはわからない。
    • 流体力学のナビエストークスのようなモデル枠組みの指針となる中心的な原理が無い。確かにSIRやSEIRが広く使われ受け入れられているが、その発展形は数多あり、それらの方向性はパラメータ節約的ではない。
  • 感染症学者はどれくらい賢いか(GREスコアはいかほどのものか)
    • 定量モデリングを手掛けている人は、接触追跡や定性分析を手掛けている人よりもかなり賢い。しかし率直に言えば、その知力は平均的な工学部教授よりはおそらく下で、数学者や統計学者よりは確実に下。
    • 自分のGREスコアは非常に良かった。自分はKYな方だが、数学や工学の教授の幾人かに感染学の道に進みたいと話したところ、彼らの顔に失望の表情が浮かぶのを見逃すことはなかった。定量化の能力が少しでもある目的意識を持った知的な人々が追究したい道ではないということだ。
  • 感染症学者の政治志向
    • かなり左寄り。
  • 感染症学者の使う社会厚生関数
    • 大学で学んだ時に、検疫などの公衆衛生対策の際に費用便益分析が議論されていたことは嬉しい驚きだった。しかし、感染拡大防止に比べれば対策の経済コストは二の次、「機雷がなんだ。全速前進!*2」という考え方が主流。
  • 感染症学者の不確実性の定量
    • (気象予報で使う)アンサンブルカルマンフィルタや確率微分方程式のようなツールを弄んでいるが、シミュレーション時の不確実性の評価という点では機械技師の方が優秀(特に境界条件のパラメータについて)。それから類推すると、おそらく計量経済学者も感染症学者より優秀。

*1:このうちモデルの指針はコーエンの疑問リストに直接に対応する項目はない。メール送信者はなぜか雇用が実力主義か否かの話の中でそれに言及している。

*2:cf. デヴィッド・ファラガット - Wikipedia