QE懐疑論者への反論

こちらで紹介したDavid Greenlaw、James Hamilton、Ethan Harris、Kenneth Westの論文(GHHW論文)に、ジョセフ・ギャニオンがピーターソン研究所のブログで反論している。その概要は以下の通り。

  • GHHWの結論は、QE1の効果は著名な推計のおそらく半分程度で、それ以降のQEの効果は無きに等しい、というものだった。彼らが採用したイベントスタディという手法は、以下の4つの前提に依拠しているが、QE1関連のニュースイベントについてはそれらの前提は妥当だったものの、それ以降のQEについては明らかに成立していない。
    1. 研究対象の政策はニュースイベントの前には予期されていなかった
    2. 市場が政策に関する予想を変えたのはニュースイベントの時だけである
    3. そうした予想の変化はイベントウインドウの期間中にすべて生じた
    4. イベントウインドウの期間中、研究対象の経済変数に影響することは他に何も起きなかった
  • 最初のQE1のアナウンスメントの前には、FRBが今後長期債を買うという市場の予想は極めて低かった(ただし、日本がそれ以前に行った量的緩和のような短期国債購入型の量的緩和はある程度予想されていた)。QE1の期間中、特に最初の数ヶ月は、FRBの声明が将来の購入に関する主たる情報源だったと見て良く、声明前後の金利の動きを足し上げるのは妥当な推計方法。
    • ギャニオンの2011年のMatthew Raskin、Julie Remache、Brian Sackとの共著論文(GRRS論文)では、QE1関連のFRB声明による10年国債の利回り低下は8日で計91ベーシスポイント、と推計した。対象を期間中(2008/11/25-2010/3/31)の全FOMC声明・議事録発表に広げると、55ベーシスポイントとなった。
    • GHHWは金融政策関連のFRB議長講演日にまで範囲を広げて同様の推計を行い、17ベーシスポイントという結果を出した。しかしGHHWに直接確認したところによると、2008/11/25の最初のQE1のアナウンスと、2008/12/4のバーナンキ議長のモーゲージ市場に関する講演、という2つの重要なニュースイベントを除外していた。それらを含めると49ベーシスポイントになる。ちなみにGHHWが、FRB政策要因による債券の利回り変動とロイターが報道した日を基に計算した低下幅は、48ベーシスポイントだった。
  • QEは、金融システムに問題が生じている期間中に特に大きな効果を発揮する可能性が高い。QE1で10年債金利に大きな効果が見られた一方で、それ以降のQEでは効果が薄れたのは、おそらくそれが理由。QE1の効果も、上述の通り、最初の数ヶ月を超えると、最終的に50ベーシスポイント程度に収まった。
    • この50ベーシスポイントというのは、後述のまったく別の手法による推計とも近い値。
    • QE1は、それ以前の日本で起きたようなデフレへの落ち込みを防ぎ、企業と投資家の信頼感を上げ、債券利回りが多少リバウンドする余地を与えた、というのが正しい解釈ではないか。
  • QE1以降のQEについては、イベントスタディの手法は有益な情報をもたらさない。
    • QE2終了と満期延長政策開始の間に債券利回りは大きく低下したが、それは経済回復の弱さと追加QEへの期待を反映したものだった。その低下の大部分はFRBのニュースイベントが無い日に起きたため、イベントスタディがそれをQEに帰することはない。
    • FRBイベント日における利回り変動の累積は、QE3が進むに至っても小幅に留まったが、それはFRBの政策が市場の予想に近かったという事実を反映している。換言すれば、QE1によってQEの先例が確立した後のイベントスタディは、QEによる債券購入が利回りに与える影響ではなく、そうした債券購入が市場予想からどれだけ離れたかを計測していることになる。
      • 2013年のテーパータントラムは、市場が平常な状況下で、QEによる債券購入の予想にサプライズが生じると、やはり利回りに大きな影響がもたらされることを示した。GHHWの推計によれば、2013年の3月と9月の間のFRBイベント日に10年債利回りは40ベーシスポイント近く上昇した。後述のFRBスタッフの研究に当てはめると、これは月間850億ドルのQE3計画を12ヶ月短縮したことに相当する。
  • GRRSでは、金融危機以前のデータ(1985-2008)を用いて、政府の長期債供給減少が利回りに与える影響を回帰推計した。QEを長期債供給の減少と見做して推計結果を当てはめると、QE1は10年債利回りを40-80ベーシスポイント(中心的な傾向値は50-60ベーシスポイント)減少させる、という試算結果が得られた。ギャニオンの2016年のサーベイ論文でも、他国について概ね同様の結果を得ている。
    • GHHWの一人(ハミルトン)も、別の共著者との別の論文で、異なる回帰手法を用いて、同様の結果を見い出している。
    • FRBスタッフがQEのマクロ経済効果をモデル化した*1回帰推計でも、概ねこの範囲の値を出している。それによると、FRBQEすべてを合わせた効果は、2013年末のピーク時に10年債をおよそ120ベーシスポイント減少させた。
    • このように、QE1の当初のイベントスタディの推計より小さいとはいえ、回帰ベースの研究でも、QE金融危機時以外にも債券利回りに顕著な効果を与えることが示されている。

*1:cf. ここ