貿易戦争とネイピア数

6/17エントリクルーグマンが、貿易戦争の帰結について考察し、以下の予測を行っている。

  • 関税は30-60%の範囲となる
  • 世界の貿易は7割減少する
  • 世界のGDPは2-3%減少する

関税についてクルーグマンは、最適関税を理論的に導いたOssaNicita et alの試算(Ossa=60%近く、Nicita et al=現状から32%ポイントの上昇)や、スムート=ホーリー法の45%という数字*1から、40%以上になる可能性が高い、としている。
貿易量については、こちらのメモでの考察から7割減少という結果を導き出し、これはGDP比で1950年代に戻ることに相当する、としている。
GDPへの影響については、厚生損失を三角形に近似して求めた輸入減少量×1/2×関税率という式に、米国における輸入のGDP比率として15%、その減少率として上述の70%、関税率として40%という数字を当てはめ、GDPの2.1%という値を弾きだしている。ただ、いわゆる中国ショックが、たとえ米国の雇用全体を大きく減らさなかったとしても、業種や地域によっては大きな打撃を与えたように*2、「トランプショック」も同様のショックを輸出産業に与え、しかも規模はより大きなものとなるだろう、とクルーグマンは指摘している。


これらの考察のうち、貿易量が7割減少する、というのはかなり衝撃的な数字であり、俄かには信じがたいように思われる。そこで、以下ではそれを導出したメモの内容を少し詳しく見てみる。
同メモでクルーグマンは、政府を独占企業に見立て、価格弾力性をεとして、利益を最大化するマークアップが1/(ε-1)であるとしている。これが最適関税率になる。その場合、価格は自由貿易に比べて 1+1/(ε-1) = ε/(ε-1) 倍となる*3

水平な供給曲線を仮定すると、その時の貿易量は自由貿易に比べて(ε/(ε-1))^(-ε)倍になる、とクルーグマンは言う。そして、εを以下のように変えてもこの式の結果は0.3近辺で安定している、としている。

ε 関税率 貿易量
3 0.5 0.296
4 0.33 0.316
6 0.2 0.335

ただ、こちらのブクマで指摘したように、この貿易量の式は結果的にネイピア数(=自然対数の底)の公式になっており、そのため貿易量が価格弾性値の広い範囲について概ねネイピア数の逆数になる、という結論になっている。しかし、そこから貿易戦争が発生すると貿易量は7割減る、とするのはやや極論のように思われる。小生が感じる疑義は以下の通り。

  • クルーグマンは価格弾力性が一定という貿易量関数からこの結果を導いているが*4、特にこれだけ大きな貿易量の変化についてその関数を使うことが適切かどうか。
  • この式は完全に自由な貿易市場と、完全に独占的な貿易市場の比較をしているが、現状でも関税は存在しており、完全に自由な市場に比べて既に貿易量が減少した状態と考えられるのではないか。
  • 価格弾性値から導かれる最適税率まで実際の関税率が引き上げられるか、という問題。この式ではすべての商品の関税率が一律に1/(ε-1)になる状況を考えていると思われるが、実際にはそこまで行かないのではないか。

*1:クルーグマンは、1932年に関税率が59%に達したことも指摘しているが、これは(パーセントではなく)ドル建てで指定した関税の比率がデフレのせいで保護主義者の想定をも上回った結果である、と説明している。

*2:cf. Autor研究

*3:導出については例えばこちらの資料のp.13参照。

*4:Q=cP^(-ε)とすると、-(∂Q/Q)/(∂P/P)=εとなる。