マークアップのパラドックス

9日エントリではロバート・ホールによるマークアップ限界費用に対する価格の上乗せ幅)の分析を紹介したが、Dietrich Vollrathが、David Rezza Baqaee(LSE)とEmmanuel Farhi(ハーバード大)が提示したマークアップパラドックス紹介している*1
ホールは業界の大企業比率が高まるとマークアップも高まるのではないか、という分析を行ったが、Vollrathはそうしたマークアップの上昇は経済に善悪両面の効果をもたらし得る、と説明している。

One of the key things that comes up in studying the role of markups is an apparent paradox. The presence of markups can mean the value of aggregate output is lower than it otherwise would be, as it leads to a misallocation of inputs. But at the same time, it is possible that raising the average markup in the economy will increase the value of aggregate output. It would appear as if markups can be both bad and good for output.
(拙訳)
マークアップの役割の研究において出てくる重要なことの一つは、明らかなパラドックスである。マークアップが存在すると、投入の誤配分がもたらされるため、マークアップが存在しない場合に比べて総生産の価値が低下することがある。しかし同時に、経済の平均マークアップが上昇すると総生産の価値が上昇する可能性がある。マークアップは生産にとって良くも悪くもなり得るように見える。

この後Vollrathは、簡単な2財モデルを使ってマークアップパラドックスを説明している(なお、Baqaee=Farhiはより複雑な状況下でもそのパラドックスが成立することを示したとの由)。その2財モデルからは、以下の知見が得られるという。

  • 片方の財のマークアップがもう片方の財のマークアップより大きくなった場合でも、経済は依然として生産可能性フロンティア上にある。マークアップは、経済の技術的な生産性を下げたり、経済を生産可能性フロンティアの内側に押しやったりする(その場合労働が完全に利用されないことになる)わけではなく、生産可能性フロンティアに沿って、効率的ではない場所に経済を移動させる(=誤配分)。
  • マークアップの存在が誤配分をもたらすわけではなく、マークアップのばらつきが誤配分をもたらす。2つの財が共に同じマークアップを課せば、経済は効率的な生産を取り戻す。マークアップは、消費者余剰を犠牲にして生産者余剰が増えたことを意味し、それは分配の問題につながるが、経済が非効率になるわけではない。マークアップが総生産を下げるのは、生産者によってマークアップが異なる場合である。
  • この議論では、マークアップがなぜ生じたか(市場支配力、市場構造、等々)は無関係である。総生産にとって重要なのはマークアップが存在する理由ではなく、それが存在していることである。

この状況下では、以下の場合に、経済の平均マークアップの上昇が生産の上昇をもたらすことになる。

後続エントリでVollrathは、後者が実際に米経済で発生した、というBaqaee=Farhiの実証結果を示している。それによると、生産性上昇率を技術要因と配分効率性要因に分解し*2、配分効率性要因をさらにマークアップ要因とクロスエントロピー要因に分解したところ、クロスエントロピー要因の時系列的な上昇が観測されたという*3。ここでマークアップ要因は企業間のウエイトを一定とした場合のマークアップの変化、クロスエントロピー要因はウエイトの変化による加重平均マークアップの変化である。クロスエントロピー要因が上昇していることは、高マークアップ企業に資源が集中したことにより経済全体の生産性が高まったことを示している。


しかし、Baqaee=Farhiによれば、それでもマークアップは経済に悪影響を及ぼしている、という。彼らの試算によれば、マークアップが存在しない場合、経済の生産は20%増加する、とのことである*4。従来のハーバーガーの説によれば、独占による経済の押し下げ効果は0.1%だが、それより遥かに大きな押し下げ効果が存在していることになる。この大きな乖離の理由としては、ハーバーガーが製造業に限定した部門レベルの粗い推定であったのに対し、Baqaee=Farhiは企業レベルのデータを使ったことが考えられる。ただ、20%というのは2014年時点の数字であり、1997年にはその押し下げ効果は3%だったという*5
以上の2つの実証結果をVollrathは、自分とウサイン・ボルトの100m競走に例えている。即ち、配分効率性要因に表れているように、経済は生産性を高めるという正しい方向に進んでいる。しかし効率的な均衡はそれよりも遥かに速いスピードで前に進んでいるので、両者の乖離は開いている、とのことである。

*1:エントリの論文のリンクがリンク切れとなっているが、内容からするとおそらくこれ。(ちなみに今年初めに同じ著者コンビの別の論文を本ブログで紹介している。)

*2:両者はおよそ半々になったという。

*3:データはここで紹介したGutierrez=Philippon論文のデータを使用したとの由(cf. Vollrathの関連エントリ)。ただし論文ではそれ以外のデータを使った計算も行っている。

*4:Vollrathは40%という数字を示しているが、論文の最新版では20%になっている。

*5:Vollrathは4.5%という数字を示しているが、論文の最新版では3%になっている。