フォワードガイダンスパラドックス

5年近く前、NY連銀のDel Negro、Giannoni、Pattersonの「フォワドガイダンスパズル」に関する研究を紹介したことがあった(cf. 関連NY連銀ブログエントリ)。このパズルは、教科書的なモデルではフォワドガイダンスが非合理的なほど強い効果を持ってしまう、という現象を指す。BOEの3人の研究者(Alex Haberis、Richard Harrison、Matt Waldron)がスタッフ論文でこのテーマを取り上げ、表題のBOEブログ記事(原題は「The Forward Guidance Paradox」)でその概要を紹介している(H/T Economist's View)。これまでの研究ではパズルを解消するためにモデルに手を入れてきたが*1、今回、BOEの研究者たちはモデルは従来のものをそのまま使い、前提を変えることによってこのパズルを解消したという。具体的には、時間的不整合を取り入れたら、フォワドガイダンスの強い効果は消えるとの由。


ブログでは、まず、フォワドガイダンスの2つの動機について以下のように書いている。

Economists use the term ‘forward guidance’ to describe central bank communications about the likely future path of policy rates. Forward guidance is not new: central banks have been providing guidance for decades in the form of forecasts for inflation and GDP growth. What is new is that, since policy rates have been stuck at or near their lower bounds, central banks have made increasing use of explicit statements about their intentions regarding future policy.
Why have they been doing this? It is crucial to draw a distinction between two different motivations (see also Simon Wren-Lewis). The first is to convey information about how the central bank intends to set policy to meet its objectives (its ‘reaction function’). The aim is not to stimulate the economy (though that could be a by-product), but rather to make policy more effective by guiding people’s expectations to be more consistent with the central bank’s intentions.
A second motivation is to stimulate the economy by promising to keep rates lower in future as a substitute for cuts today, which may not be possible due to a lower bound. This differs from the ’reaction function clarification’ motive because it requires the central bank to promise above-target inflation in the future, which is a promise to deviate from its usual reaction function.
(拙訳)
経済学者は、「フォワドガイダンス」という用語を、政策金利が将来辿る可能性の高い経路に関する中銀のコミュニケーションを説明するのに用いる。フォワドガイダンスは別に目新しいものではない。中銀はインフレとGDP成長率の予測という形でこれまで何十年もの間ガイダンスを提供してきた。目新しいのは、政策金利が下限ないし下限近くに貼り付いたままとなって以降、中銀は将来の政策意図についての明示的な声明をますます出すようになった、という点である。
なぜ彼らはそうしているのか? 2つの異なる動機をきちんと区別することが肝要である(サイモン・レンールイスも参照)。第一の動機は、中銀が目標を達成するためにどのように政策を設定するつもりであるか(中銀の「反応関数」)、という情報を伝達することである。その目的は経済を刺激することではなく(副産物としてそうなることは有り得るが)、人々の予想が中銀の意図とより整合的になるようガイドすることによって、政策効果を高めることである。
第二の動機は、下限制約のために今日の金利を引き下げることができない場合、その代わりとして将来の金利をより低くすると約束することによって経済を刺激することである。この場合、将来においてインフレが目標を上回ることを約束する必要があるが、それは中銀の通常の反応関数からの逸脱を約束することになるため、「反応関数の明確化」という動機とは異なる。

その上で、ここで取り上げるのは後者の動機の話だ、ということを明確化している。そして、景気後退ショックに襲われて金利をゼロまで引き下げた経済において、将来の金利を必要以上に長くゼロに留め置く、というフォワドガイダンスについてのシミュレーション結果を紹介している。

この場合、将来において金利を必要以上に長くゼロに留め置く期間を3期(青ドット線)から4期(赤点線)に伸ばすと、景気後退ショックに見舞われた直後の足元のGDPとインフレはその分上向く。


しかし、いざ景気後退ショックが過去のものとなってしまうと、金利を必要以上に長く低位に留め置くという以前の約束を破る誘因が中銀には生じる。これが時間的不整合の問題である。中銀が将来において約束を違える可能性を取り入れると、金利をゼロに留め置く期間を長くしても、もはや追加的な刺激効果は得られない。

このシミュレーション結果では、中銀が約束に違背する確率を示す図が最後に付け加わっているが、延長期間が長いほど(=効果が大きいほど)その確率は高くなる。これはゼロ金利延長期間を変えた場合の比較であったが、実体経済金利感応度が違うモデルの比較でも同様の結果が得られることがブログでは示されている。即ち、時間的不整合が無い場合は、金利感応度が高いモデルほどフォワドガイダンスによる足元の景気浮揚効果は大きいが、時間的不整合を取り入れると、そちらのモデルの方が約束に違背する確率は高くなり、結果として足元の景気浮揚効果は両モデルで似たようなものとなる。著者たちはこれをフォワドガイダンスパズルならぬフォワドガイダンスパラドックスと呼んでいる。

*1:cf. ここで紹介した論文。