金持ちはますます金持ちになっているわけではない

と題したエントリ(原題は「The Rich Aren't Getting Richer」)でマンキューが、Fatih Guvenen(ミネソタ大)とGreg Kaplan(シカゴ大)の論文「Top Income Inequality in the 21st Century: Some Cautionary Notes」の一節を引用している
以下はその引用部。

Since 2000, different measures of top income inequality have exhibited very different trends. Top income shares based on measures of total income show a continued rise, whereas top income shares based on wage and salary income show no increase in inequality post-2000. The most important difference between these two measures of income is the income that accrues to S-corporations....
But interpreting trends in the S-corporation component is extremely difficult. Feenberg and Poterba (1993), Gordon and Slemrod (2002), and Cooper et al. (2016) warn that much of the recent increase in S-corporation income is income that previously accrued to C-corporations. Such income is not “new” income earned by top earners but is simply income that was previously labeled as corporate income rather than household income.
(拙訳)
2000年以降、所得の上位層の格差についての相異なる指標は、非常に異なる傾向を示した。総所得指標に基づく上位層の所得比率は継続的な上昇を示したが、賃金・給与所得に基づく上位層の所得比率は2000年以降格差拡大を示さなかった。この2つの所得指標間の最も重要な違いは、S法人*1に帰属する所得である。・・・
しかしS法人に帰する部分のトレンドの解釈は極めて難しい。Feenberg=Poterba(1993)、Gordon=Slemrod(2002)、およびCooperら(2016)は、近年のS法人所得の増加の多くは、以前はC法人に帰属していた所得である、と警告している。そうした所得は、所得上位層が「新たに」得た所得ではなく、単に以前は家計所得ではなく法人所得に分類されていたものに過ぎない。

この引用部を読むと、2000年以降の格差拡大は所得の単なるラベルの付け替えによる幻影である、というのが論文の主旨のように思われるが、そこには微妙にマンキューの印象操作が入っている。そうした付け替えの契機になったのは1986年の税制改正であることが上記の引用部の直後に記されているが、マンキューは見事にそれを省いているからである。

A large amount of this relabeling occurred in the wake of the reductions in personal income tax rates that were part of the TRA86. This income shifting potentially accounts for all of the increase in S-corporation income at the top of the distribution prior to 2000.
(拙訳)
この分類変更のかなりの部分は、1986年の税制改正における個人所得税の減税後に起きた。この所得のシフトが、2000年以前の所得上位層におけるS法人所得の増加のすべてを説明している可能性がある。

また導入部では

Indeed, the increase in top income shares in the two years immediately following TRA86 is larger than the entire increase in top income shares over the period from 1981 to 2000.
(拙訳)
実際、1986年の税制改正直後の2年間における上位所得比率の増加は、1981年から2000年までの期間における上位所得比率の増加よりも大きい。

と書いており、そうした付け替えの大部分が1987-88年に生じ、データの断層をもたらした、と述べている。
マンキューが引用した最終節では格差拡大を語る上での3つの注意点を記しているが、マンキューは、冒頭の「Since 2000,(2000年以降、)」で始まる文章と、3つ目の注記である所得の付け替えの話を抜き出して並べることにより、1987-88年のイベントスタディの話が2000年以降の話であるかのように誤読させる引用の仕方をしているわけだ。
論文ではまた、上位所得層に関するIRS(内国歳入庁)の総所得データとSSA社会保障庁)の賃金・給与データが、上述の断層を除き1981-2000年の期間においては近い動きを示していたが、2001年以降は異なる動きを示した――IRSデータは増加を続けたのに対しSSAデータは増加しなかった――とも述べている。この乖離はS法人などのパススルー団体によって生じたが、その大部分は上位0.01%で生じており、1%と0.01%の間の上位層の所得比率は過去20年間にほとんど変化しなかった、という点を論文では強調している*2。そして、マンキューの「印象操作」とは対照的に、2000年以降のS法人所得の増加の理由についてはまだ良く分からない、と慎重な姿勢を見せている。

*1:cf. S法人 - Wikipedia

*2:それが最終節における3つの注意点の一つ目。ちなみに2つ目の注意点は、IRSはデータが課税単位であるのに対し、SSAは個人単位なので、福祉や政策の目的で使う場合や、所得下位層の分布を分析する場合は、後者のデータの方が良い、という点。