貿易数字ゲーム

貿易ネタをもう一丁。ダニ・ロドリックが表題のProject Syndicate記事(原題は「The Trade Numbers Game」)で、TPPに関する2つの貿易モデルの結果を対比させている(H/T Economist's View)。
2つのモデルとは、Peter Petri(ブランダイス大)とMichael Plummer(ジョンズホプキンズ大)のTPP賛成派寄りのモデルと、Jeronim Capaldo(タフツ大)とAlex Izurieta(国連貿易開発会議=UNCTAD)とJomo Kwame Sundaram(前国連事務次長補)のTPP反対派寄りのモデルである。

ロドリックによる両モデルの特徴のまとめは概ね以下の通り。

  • 所得への影響
    • Petri=Plummer:15年後に実質所得は0.5%(米国)ないし8%(ベトナム)増加する
    • Capaldo et al.:2つの主要国である日米両国で所得は低下する
  • 雇用への影響
    • Petri=Plummer:影響を受ける産業の雇用コストは比較的些細なものに留まる
      • 労働市場が十分に柔軟であり、影響を受けた分野での雇用減少は別の分野の雇用増加で必ず相殺されることを仮定。TPP賛成派の常套手段として、モデル上、失業は最初から除外している。これは、貿易自由化というミクロ経済ショックは雇用の構成に影響するが、全体の水準には影響しない、という学界の貿易モデルの伝統に則ったもの。
    • Capaldoet al.:各国で賃金は低下し、失業率は上昇する
      • 労働市場での低賃金競争が起こり、政府は財政支出で総需要と雇用を何とか維持する。
      • ただし彼らの論文では産業別や国別の詳細といったモデルの動きに関する説明が不十分であり、シミュレーションの詳細も曖昧。また、極端にケインズ主義的な仮定を立てているが、それは中期見通しと合っていない。
  • 貿易への影響
    • 両モデルで差は無し。実際のところ、Capaldoらのモデルの貿易予測は、Petri=Plummer研究の初期バージョンを出発点としている。


ロドリックは、Petri=Plummerに代表される学界お好みのモデルと現実との不整合を示した最近の実証研究として、David Autor(MIT)、David Dorn(チューリッヒ大)、Gordon Hanson(UCサンディエゴ)の論文を紹介している。同論文によると、中国の貿易の拡大は米国に「相当の調整コストと所得配分への影響」をもたらしたという。中国からの輸入との競合の影響を大きく受けた産業が所在する地域では、10年以上に亘って賃金は低迷し、失業率は上昇したとの由。そうした産業での雇用の減少は予想されていたものの、驚くべきことに、他の産業でそれを相殺するような雇用の増加は起きなかった、とのことである。先進国での脱工業化と低熟練雇用の喪失は国際貿易ではなく新技術のせい、と貿易協定賛成派は長らく主張してきたが、このような新たな実証結果に鑑みると、そうした主張はもはや維持不可能ではないか、とロドリックは言う。


またPetri=Plummerは、TPPの恩恵の多くは非関税障壁の削減や直接投資の障害の減少からもたらされる、と予測しているが、そうした効果のモデル化は関税の引き下げよりも遥かに困難であり、恣意的な仮定を数多く必要とする、とロドリックは指摘している。


ロドリックは記事を以下のように締め括っている。

The bottom line is that neither side’s models generate numbers reliable enough on which a case for or against the TPP can be made. Just about the only thing we can say with some certainty is that there will be winners and losers. Perhaps the agreement will galvanize investment and knowledge flows across the Pacific, giving the world economy a much-needed boost. Perhaps not. But those who believe that this trade agreement, like previous ones, will provide lopsided benefits have ample reason to be concerned.
(拙訳)
まとめると、いずれのモデルも、TPPの賛否を決定付けるだけの信頼性のある数字を生み出していない。何らかの確信を持って言えることは、勝者と敗者が生まれるだろう、ということだけである。協定によって太平洋を跨る投資と知識の行き来が刺激され、世界経済が待ち望んでいた景気づけがもたらされるかもしれないし、そうはならないかもしれない。ただ、この貿易協定が、これまでの貿易協定と同様、恩恵だけをもたらすと考える人にとっては、懸念すべき理由が数多くある。