財政政策か、ヘリコプターマネーか、それともマネタイズか?

クルーグマンが「日本再考(Rethinking Japan)」というブログ記事を書いたが、その主旨をTony Yatesが以下のように簡潔にまとめている(Economist's View経由のロジャー・ファーマー経由)。

Here PK recommends, working through – pretty uncontroversially – the logic of the standard New Keynesian model, that Japan should try another burst of expansionary fiscal policy to raise inflation. But that it should actually do it with enough force and persistence to get inflation to a higher target, so that this leaves room for a compensating monetary stimulus when, eventually, the necessary fiscal consolidation comes.
(拙訳)
この記事でポール・クルーグマンは、標準的なニューケインジアンモデルのロジックを極めて議論の余地の少ない形で展開し、日本はインフレ率を上げるために拡張的な財政政策をもう一度大いに試すべき、と提唱した。ただしその際には、最終的に財政再建が必要になった時にそれを埋め合わせる金融刺激策の余地があるような高いインフレ目標を達成しておくために、十分な勢いと継続性を以って行うべし、とのことである。


これについてYatesは、その場合のインフレの中身について以下のように問うている。

First, it may be that with debt/GDP ratios already so high the mechanism by which fiscal policy works to achieve this is not by raising demand, the output gap, and therefore inflation, but via the fiscal theory of the price level, or unpleasant monetarist arithmetic – creating the expectation that no politically acceptable plan for taxes and future spending would exist that could possible pay back the debt without either seigniorage or default.
(拙訳)
まず、GDPに対する債務の比率がこれだけ高くなっている時には、財政政策がインフレ目標を達成するメカニズムは、需要を高め、生産ギャップを増やし、それによってインフレ率を上昇させる、というものではなく、物価水準の財政理論を通じたものになるだろう。それは即ち、シニョリッジもしくは債務不履行抜きに債務返済を可能ならしめる税制や将来の支出に関する政治的に受け入れ可能ないかなる計画も存在しない、という予想を作り出す不愉快なマネタリストの計算である。


そして対案としてYatesが提示するのが、ヘリコプターマネーとマイナス金利である。

In that respect – given that things are so bad, in other words – it was odd not to hear PK’s views about alternatives. The two most prominent being to engage in helicopter drops, or to introduce reforms such that the zero bound to interest rates is lowered. Both of these measures I have warned against, but only in the context of the US/UK/EZ situations which don’t yet appear so dire.
...
So, while PK’s prescription is fair enough, why not give something else a go? If not instead of a fiscal expansion, perhaps in combination.
(拙訳)
この点に鑑みると――別の言い方をするならば、状況がここまで悪くなっていることに鑑みると――、ポール・クルーグマンが他の選択肢について語らないのは奇妙なことに思われる。最も代表的な二つは、ヘリコプターマネーの実施と、金利のゼロ下限を低める改革の実施、である。その2つの手段に対して私は警鐘を鳴らしてきたが*1、それはあくまでも米/英/ユーロ圏というまだそこまで状況がひどくなっていないように思われるケースについてであった。
・・・
ということで、ポール・クルーグマンの処方箋も結構だが、他の手段も試してみてはどうか? 財政拡張策の代わりと言わずに、それと組み合わせても良いのではないか。


一方、ファーマーは、財政政策とヘリコプターマネーの違いとして以下の2点を挙げている。

  1. ケインジアンの提唱する積極的な財政拡張策は、インフラへの支出を想定している。ヘリコプターマネーは市民が支出する。
  2. ケインジアンの提唱する積極的な財政拡張策は、長期国債の発行によって賄われることを想定している。ヘリコプターマネーは紙幣を刷ることによって賄われる。

一点目についてファーマーは、費用便益分析の観点から、どこにも通じない橋を建設するよりは市民に小切手を渡す方が良い、という自らの選好を示しつつ、公共投資をするならば橋がどこかに通じることを確実にした上で建設すべき、と述べている。
また二点目の資金調達についてファーマーは、標準的な経済モデルではどちらの方法にも差はないとされているものの(∵ゼロ金利下限では現金と短期債は代替的+政府債務の内訳は問題にならない*2)、実際には資産市場の不完全性のために政府債務の内訳は大いに問題になる、と指摘し、短期金利での資金調達による公共投資は民間資金をクラウドアウトしないが、長期金利ではクラウドアウトする、という考察を示している。そこで彼が推奨するのが、長期債を償還して紙幣発行によりそれをリファイナンスする、という第三の手法である。その手法ならば長期金利を下げて民間投資も呼び込むことができる、と彼は言う。

*1:cf. ここここ

*2:ファーマーは直接言及していないが、これはウォレスのモジリアニ=ミラー定理(cf. ここ)の話かと思われる。